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黄檗山霊源和尚墨蹟 陶牛居蔵

黄檗山霊源和尚墨蹟
品目 -
価格 25,000円

黄檗山霊源和尚墨蹟をお買取りいたしました。

「霊源和尚(れいげんおしょう)」は、禅宗のひとつ黄檗宗(おうばくしゅう)の禅僧です。
黄檗宗というのは、江戸時代に、当時「明(みん)」という国であった中国からの渡来僧「隠元隆琦(いんげんりゅうき)」を開祖として生まれたものです。

黄檗宗の存在は日本における宗教的な影響力も大きかったのですが、それ以上に芸術・美術的な影響力を持っていました。
当時、世界でも最先端を行っていた明の最新美術の流れを強く受けた美術・工芸の動きは「黄檗美術」とも呼ばれ、江戸時代の日本にとって衝撃的だったのです。

黄檗宗の層が高い美術意識を持っていたのは、動乱のやまない明国からやってきた中国渡来人のなかに、数多くの学者や工芸家、画家、書家などがいたためだと言われています。
そして渡来してきた禅宗の僧の中で日本に帰化した禅僧を中心として、興福寺(こうふくじ)、福済寺(ふくさいじ)、崇福寺(そうふくじ)などが建立されました。
京都府宇治市にある黄檗山萬福寺も、黄檗派のお寺です。

黄檗美術の渡来のあと、日本の伝統的な美術様式は建築や書画など幅広い分野で画期的な変化を遂げました。
黄檗宗の功績の一つとして、明の書風を日本にもたらしたことがあげられるでしょう。

たとえば、黄檗宗の開祖である隠元隆琦(いんげんりゅうき)をふくめた「黄檗三筆(おうばくさんぴつ)」と呼ばれる高僧は、書のみごとさで高く評価されました。
今でも宇治市にある黄檗山萬福寺では、多くの書が残されており、当時の黄檗美術の水準の高さを見ることができます。

今回のお品物は、黄檗宗に所属していた霊源和尚の墨蹟です。
霊源和尚は元禄6年に日本に渡来。長崎・崇福寺の住職をつとめた人物です。
禅宗の高僧の手による墨蹟は、茶席などでもよく使われている人気のお品。お手元にありましたら、査定に出されることをお勧めします。

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