与謝蕪村

与謝蕪村(よさ ぶそん 1716-1784年)は、江戸時代中期を代表する俳人、画家です。宰鳥、夜半亭といった俳号と、春星、謝寅といった画号など複数の号を使って作品をあらわしました。

摂津国東成郡毛馬村(大阪市都島区毛馬町)で生まれたことは分かっていますが、少年時代について詳しいことは知られていません。20歳頃に江戸へ下り、俳句を読み始めたとされています。

当時の江戸の俳諧に満足できず、また松尾芭蕉に憧れを抱いたことから、現在の茨城県や栃木県、東北の各地方を巡って芭蕉の足跡を辿りました。この旅では、宿代の代わりに絵を置いて周遊していたとされています。42歳頃、京都に落ち着き、その数年後に一人娘をもうけました。

今では俳人として知られる蕪村ですが、本業は画家であり、妻子を養うために絵を描くことに追われていたという見方もあります。俳人として評価が確立されたのはかなり時代が下ってからで、明治の俳人、正岡子規や、昭和を代表する詩人の萩原朔太郎らが評価の確立に一役かいました。「春の海 終日のたりのたり哉」の句は特に有名です。

蕪村の描いたものは、山水画や俳画が中心です。俳画は俳句を賛する簡略な絵をさします。このうち自分の句に対するものは「自画賛」と呼ばれ、蕪村も自画賛をあらわしていました。

また、池大雅と共作した「十便十宜図」や、重要文化財の指定を受けた「紅白梅図」屏風や「蘇鉄図」、国宝に指定された掛幅「夜色楼大図」などがよく知られています。

「十便十宜図」は中国の詩から題材をとった作品で、隠遁生活における便宜(便利なことや良いこと)を描いたものです。蕪村が「十宜」のパートを担当しているこの画帖は、川端康成が所蔵していたことでも有名になりました。現在は川端康成記念会が管理をしています。

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