靉光の買取

靉光:召集され上海で命を落としたシュルレアリスム画家

洋画家の靉光(あいみつ 1907-1946年)は、本名を石村日郎(いしむら にちろう)といいます。

広島県山県郡(現北広島町)の農家に生まれた靉光は、高等小学校を卒業後に印刷所へ奉公し、製版技術を習得しました。画家を志すようになったのは、広島から大阪へ出て「天彩画塾」に学ぶようになってからのことです。

「天彩画塾」は、本格的に油彩画を学ぶ大阪初の画塾でした。主宰者は東京で油彩画を学び、岡山師範学校で教鞭をとっていた松原三五郎で、日本美術史に残る画家がここで何人も学んでいます。

靉光はここで靉川光郎(あいかわ みつろう)という名前を用いており、靉光の名は、これを略したものと推測されています。

靉光はその後17歳で上京し、フランス近代絵画に接して次々と画風を変化させていきます。二科展や独立美術展などで立て続けに入選、受賞し、シュルレアリスムの画風を確立していきました。

シュルレアリスム運動家40名とともに美術文化協会を設立、「新人画会」の結成にも尽力してこれからという矢先、召集され中国上海郊外で亡くなりました。

代表作は「編み物をする女」、「眼のある風景」、「二重像」などです。
シュルレアリスムと宗元画のエッセンスを感じさせる前衛的な作風は、その独自性から唯一無二の異端の画家として高く評価されています。

黄金期を前に召集されたこと、広島に原爆が投下されて靉光の故郷にあった作品や資料が焼失してしまったことが、絵画の希少性をさらに高めたといえるでしょう。

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