芥川龍之介の掛軸買取

芥川龍之介:将来に対するぼんやりとした不安から早世した作家

芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ 1892-1927年)は、「芋粥」や「藪の中」、「蜘蛛の糸」などをあらわした小説家です。

これらの小説のほとんどは短編であり、「今昔物語」や「宇治拾遺物語」などの古典から着想を得た作品を多く書いています。また書簡が掛軸として現代に伝わっています。

東京市京橋区(現東京都中央区)に、牛乳製造販売業を営む父をもって生まれた龍之介は、生後まもなく母が心のバランスを崩したため、伯母に育てられました。

伯母夫婦の家は士族の家系であり、江戸時代には茶の湯によって徳川家に仕えていたといわれています。その影響で、龍之介も芸術にしたしみ文人趣味に近く育っています。

江東尋常小学校(現墨田区立両国小学校)を優秀な成績で卒業後、旧制一高の別名でも知られる第一高等学校第一部乙類に入学し、その後東京帝国大学(現東京大学)へ進みました。

この過程で、小説家の菊池寛、のちの法哲学者恒藤恭(つねとう きょう)である井川恭と出会い友情を育みます。

在学中に菊池寛らと同人誌「新思潮」を刊行し、アナトール・フランス「バルタザール」の翻訳文などを寄稿していました。この同人誌に発表した「鼻」が大きな注目を浴び、また夏目漱石に見出されたことで、小説家として本格的な活動をスタートさせます。

しかし次第に不眠症など数々の不調に悩まされ、服毒自殺の道を辿ってしまいます。狂言自殺のつもりが成功してしまったという説と、計画的な自死であるという説があります。

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