青木繁の買取

青木繁:黒田清輝から教えを受けた福島県出身の早世の洋画家

青木繁(あおき しげる 1882-1911年)は、早世した洋画家です。香葩(こうは)という号を用いました。

繁は、旧久留米藩士である厳格な父をもち、福島県久留米市に長男として生まれました。16歳になると学校での学業を捨て上京し、1900年には、東京美術学校(現東京芸術大学)に入学して黒田清輝(くろだ せいき)から教えを受けました。

この時期、同じく久留米から上京していた仲間とともに、スケッチ旅行にも出かけています。赴いたのは群馬県の妙義山、信州方面などです。これはほぼ無銭旅行のようなものだと伝えられていますが、旅行中に優れたスケッチをいくつも描きました。

しかし、その後は展覧会に出展するも入選に至らない日々が続き、内縁の妻やその妻との間の子とも衝突することが多くなっていきます。妻子と暮らす家を出て放浪するようになり、その過程で次第に持病が悪化、絵を描ける状態ではなくなっていきました。画家として非常に高い技術と才能をもっていながら、存命の間に世に出ることができなかったのです。

繁の死後は、画家を志した久留米時代からの親友で、スケッチ旅行にも一緒に出かけた仲である坂本繁二郎(さかもと はんじろう)の尽力により、遺作展が開かれました。また、「青木繁画集」も発行されています。繁の絵画作品は、体調を崩して早生したために、代表作「海の幸」をはじめとして未完の作品が多いのが特徴です。ですが、日本絵画のロマン主義的な作風の代表として、現在でも高い人気を誇っています。

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