有島武郎 買取

有島武郎について

同人誌「白樺」で活躍、記者と心中を遂げた小説家

有島武郎(ありしま たけお 1878-1923年)は、小説「カインの末裔」、「或る女」、評論「惜みなく愛は奪ふ」などで知られています。また、北海道の農場を解放した時の宣言が掛け軸として残されています。武郎は、大蔵官僚で実業家としても知られる父をもち、東京小石川(現文京区)に生まれました。長男であり、画家の有島生馬(ありしま いくま)、作家の里見弴(さとみ とん)は武郎の弟にあたります。
武郎は教育方針の一環として米国人の家庭で幼少期を過ごし、その後学習院に入学。そこから札幌農学校(現北海道大学)へ進学しました。在学中にキリスト教に入信しますが、米国ハーバード大学での留学生活でイプセンなどの西欧文学、ニーチェをはじめとする西洋哲学にふれ、以後宗教から遠ざかっています。キリスト教から離れてからは次第に社会主義に傾倒するようになり、志賀直哉、武者小路実篤らとの出会いをきっかけとして同人誌「白樺」へ寄稿、小説や評論をあらわすようになります。この出会いのきっかけは、弟の生馬といわれています。武郎の死は、愛人と心中するというセンセーショナルなもので、当時も大きく報じられました。
武郎の相手は、中央公論社「婦人公論」記者の波多野秋子(はたの あきこ)です。当時人妻だった秋子は美人記者としても名高く、二人は劇場で近くの席に居合わせたことから近しくなりました。この関係を秋子の夫に知られ、金銭を強請られたことから軽井沢の別荘「浄月荘」へ逃れ、そこで縊死しています。

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