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朝倉文夫について

写実主義を徹底して近代日本の美術界をけん引した彫刻家

朝倉文夫(あさくらふみお)は、大正・昭和期の彫刻家です。

大分県に生まれ、19歳で兄の彫塑家・渡辺長男をたよって上京。東京美術学校(東京芸大の前身)の彫刻選科に入学しました。学生生時代から作品制作が非常に早いことで有名で、在学中に1200点もの作品を制作したといわれています。同校を首席で卒業。

卒業後、第二回文展に出品した「闇」で2等賞を受賞し、以後7回の受賞を重ねました。第十展では早くも審査員となり、日本彫刻界における地位を確立。

作品制作とともに後進の育成に熱心で、大正10年から昭和19年まで東京美術学校の教授をつとめ、朝倉塾の主催もしました。
自身の子女の教育にも熱心で長女の朝倉摂(あさくらせつ 日本画家)と次女の響子(あさくらきょうこ 彫塑家)は、自宅で特別な教育をさずけました。

のちに帝国美術院会員、1944年(昭和19年)には帝室技芸員に任命されました。のち、文化勲章を受賞。

朝倉文夫の作風は、自然主義的写実主義です。代表作のひとつである「墓守」にあるように、写実性を重んじてモチーフの存在感を引き出しました。

生涯に多数の作品を生み出しましたが、どれにも朝倉イズムが徹底しており、没後も人気・評価ともに衰えない彫刻作家です。

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