榎本武揚の買取

榎本武揚:オランダに留学し北海道を拓いた政治家

榎本武揚(えのもと たけあき/ぶよう 1836-1908年)は、化学者、政治家として幕末から明治にかけて活躍した人物です。

江戸下谷御徒町(現東京都台東区)に次男として生まれた武揚は、近所で儒学を学んだのち、神田湯島に設立された昌平坂学問所に入学しました。しかし、そこでの成績はあまりふるわなかったといわれています。

従者として蝦夷地函館(現北海道函館市)の蝦夷地・樺太巡視に同行するため、一度学問所を出ています。
再入学するも退学し、長崎海軍伝習所の聴講生となりました。頭角をあらわしたのはこの頃で、機関学や化学を指導したオランダ人のカッテンディーケ、ポンペらは武揚を高く評価していたといわれています。

その後は幕府の意向でオランダへ留学、ハーグに下宿しながら船舶術や砲術、蒸気機関学、国際法などを学びました。この間にイギリスやフランスへも赴き、工場や鉱山などを視察しています。
戊辰戦争では艦隊を率いて戦い、旧幕府軍となって函館戦争まで徹底抗戦を貫きました。

維新にともなって投獄されましたが特赦によって出獄、開拓使として北海道鉱山検査へ赴きます。
当時の日本を覆っていたロシアへの恐怖を払拭するために、シベリア横断をおこなうなど、威勢のいい江戸っ子気質は後年も明治維新後も変わらなかったといわれています。

維新で投獄中に都々逸などの趣味をもち、書の掛け軸も残っています。
明治政府が内閣制度を発足してからは、外務大臣、農商務大臣などを歴任しました。

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