福沢諭吉の買取

福沢諭吉:慶應義塾大学を創設し、一万円札の肖像となった思想家

福沢諭吉(ふくざわ ゆきち 1835-1901年)は、武士であり蘭学者、啓蒙思想家であり教育者と多くの肩書きをもっていますが、一万円札に描かれた肖像と、慶應義塾大学の創設者として広く知られています。

雅号には「世俗」の漢字を分解した三十一谷人(さんじゅういっこくじん)を用いています。

諭吉は、豊前国中津藩(大分県中津市)の下級藩士で儒学者である父の下、次男として生まれました。
幼い頃から賢く、8歳になると「論語」、「詩経」などを読み、その一部を暗記したとされています。
長崎への遊学や適塾での学びを経て渡米、米国と日本の文化の違いに衝撃を受けます。

ちなみに適塾は、医者であり蘭学者でもある緒方洪庵が大阪に開いた私塾で、正式名称を適々斎塾といいます。福沢諭吉と同様、適塾に学んだ著名人には大村益次郎、手塚治虫の曽祖父である手塚良仙、橋本左内などがいます。

適塾に学んだ諭吉の開いた慶應義塾大学はもともと蘭学塾「一小家塾」で、洋式砲術などを学ぶために、明治維新の折に多くの藩士が集っていました。

諭吉は秀才なだけでなく、若い頃に免許皆伝を得るほどの居合の達人としても知られています。
立身新流居合の教えを受けてから晩年まで、欠かさず居合の稽古を続けたといわれていますが、人を斬ることは生涯ありませんでした。

居合はあくまで求道の一手段であるという考えがあったからか、暗殺されかけた時でさえ無用な殺生を避けるために逃げに徹したと伝えられています。

三十一谷人の号を用いてあらわした、福沢諭吉の書画掛け軸や知人へ宛てた手紙、自筆の著書は古美術市場で人気も高く高額で取引されています。

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