橋本独山の掛軸買取

橋本独山:相国寺管長をつとめ、書画創作に秀でた僧

臨済宗の僧である橋本独山(はしもと どくさん/どくざん 1869-1938年)は、すぐれた書画をあらわしました。
対雲窟、流芳、南苑窟といった号を用いたこともあります。

新潟県越後出身の独山は、少年時代に画家を志し、16歳で日本最後の文人画家と称された富岡鉄斎に師事しています。

儒学者でもあった鉄斎の教えを受けた独山でしたが、ほどなく師匠を離れ、橋本峨山(がさん)のもとで得度しました。

峨山の没後は、後を継ぐかたちで京都の鹿王院住職となり、この時から橋本の姓を名乗ることになります。

後年、相国寺系管長、つまり一宗一派を管理する長となり、宗派に多大な貢献をしました。

仏法の上での尊称である法諱を玄義というため、掛軸などの作品は橋本玄義と記されていることもあります。
その画風は、おおらかで繊細、「水亭読書図」、「高士観月図」、詩書、「無」という書などが掛軸として残っています。

なお、日本画家で日本画会会員、美術研精会会員だった田村豪湖は、独山の門弟にあたります。

管長を弟子である山崎大耕(たいこう)に譲って退いた後は、鳥取県に南苑寺をひらき書や絵画を描いて余生を過ごしました。

南苑寺は、鳥取県三朝(みさき)へ湯治に訪れた独山の神経痛がそこで完治したことから建てられたといわれています。

本堂には、見る角度によって表情が異なる鬼瓦がしつらえられており、さらに建築物としてよく歴史的景観を保っているため、2010年に国の有形文化財として登録されました。

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