石川光明の買取

石川光明:繊細な超絶技巧で明治の彫刻界をけん引したリーダー

石川光明(いしかわこうめい)は、明治期に活躍した彫刻家です。
江戸の宮彫師の家に生まれて伝統的な彫刻の技術を学ぶと同時に、幼少時から狩野素川に日本画を学びました。同時に、根付師の菊川正光に牙角彫刻を学んで技を磨きました。

1881年(明治14年)の第二回内国勧業博覧会に牙彫(がちょう)の「魚籃(ぎょらん)観音」を出品、入賞して、その後も美術展で数々の入賞を果たしました。

1891年(明治24年)に東京美術学校の教授となり、東京彫工会の主要メンバーとしても活躍。1890年(明治23年)に帝室技芸員に任命されました。

明治期の彫刻界は石川光明と同年の生まれである高村光雲の二人がリーダーで、帝室技芸員に任命された後、石川光明は伝統的な彫塑技術の保存と指導に力を尽くします。

石川光明の作風はどこまでも繊細です。牙彫は非常に硬い象牙角を素材とするため複雑な技法が要求されますが、石川光明には超絶技巧がそなわっており、浮彫を多用した作風は見るものにため息をつかせます。

とくに小品において華麗さと気品と写実性が見事に調和し、モチーフの精神性までを表現することができました。

石川光明には木彫の作品もありますが、やはり牙彫の作品に人気があり、手元に置いて愛玩したいファンが非常に多い作家です。

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