板垣退助の買取

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板垣退助について

生涯にわたって公正な人柄で知られる自由民権運動の旗頭

板垣退助(いたがき たいすけ 1837-1010年)は、自由民権運動のリーダーとして知られる武士、政治家です。無形(むけい)という号を用いていました。高知城下中島町で由緒正しい家に生まれた退助は、坂本龍馬とは親戚筋にあたり、桂小五郎宛の龍馬の手紙には退助を紹介する文が残っています。また、同じ土佐藩の中岡慎太郎とも交流がありました。わんぱくな少年期を過ごした退助は、幕末期に武力倒幕を主張、オランダ式騎兵術を学び、薩土密約を結ぶなど新時代へ向けて奔走します。しかし維新後は、旧幕府軍の名誉回復にいち早く尽力するなど、公正な人柄で知られていました。尤も、やんちゃだった幼い頃から弱いものいじめはしない、身分が下の武士も見下さずに接するといったしつけをされていたといわれています。明治政府では参議となりますが、征韓論の主張を岩倉具視らに却下されて辞職、自由民権運動を旗揚げします。征韓論では退助と同じく西郷隆盛も失脚させられ、多くの関係者が辞職したといわれています。
華族ではありましたが、華族制度は一代限りにするべきだという持論「一代華族論」にのっとり、子孫には栄典を放棄させています。失脚してから、自らの理想と政治を実現するために自由党を結成して党首となりましたが、全国を遊説している最中に暴漢に襲われます。脚色したという説が濃厚ではありますが、暴漢に襲われてもなお「板垣死すとも自由は死せず」と発したという逸話は、現代にも語り継がれています。当店では、板垣退助の書いた書簡の掛け軸を高価買取しています。

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