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狩野吉信について

狩野派を支え、風俗画をあらわした絵師

狩野吉信(かのう よしのぶ 1552-1640年)の生涯について、詳しいことはよく分かっていません。狩野派の2代目である狩野元信の弟である狩野雅楽助/之信(うのたすけ/ゆきのぶ)の孫と伝えられています。幼くして狩野派の筆頭にたった狩野探幽(たんゆう)と狩野尚信(なおのぶ)の弟、狩野安信(やすのぶ)の後見的な役割を果たすことで、狩野派の重要な立場にあったとされています。そもそも、日本絵画における最大の画派といわれ、およそ400年にわたって画壇のトップにあった狩野派は、時の将軍に仕える専門画家集団でした。小画面の掛け軸と違い、巨大な障壁画や襖絵は、一人の絵師の手では描くことができないものもあります。
技術とスタイルの足並みを揃えた多くのプロフェッショナルを束ね、一丸となって創作することで地位を確立し続けてきたのが狩野派です。そういった意味において、狩野派という団体における吉信の果たした役割は、非常に大きいといえるでしょう。しかし、その作画活動は謎に満ちており、代表作となっている風俗画「職人尽図押絵貼屏風」のみがよく知られています。それ以外の作品の多くは現存していないとされています。「職人尽図」は、桃山時代頃の京都で働く職人の姿を描いたものです。描かれた触手は25種で、仏師、傘師、蒔絵師、鎧師、扇師、筆師など、さまざまな職人の仕事姿を見ることができます。現在、この「職人尽図」は、川越大師喜多院が所蔵しており、重要文化財に指定されています。

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