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加藤唐九郎について

瀬戸古窯など陶芸史の研究家としても知られる陶芸家

加藤唐九郎(かとう とうくろう 1897-1985年)は陶芸家であり、陶芸史の研究家としても活躍した人物です。一ム歳、野陶、陶玄といった号を用いました。愛知県東春日井郡(現瀬戸市)に生まれた唐九郎は、半農で窯業を営む家で、幼い頃から陶芸に親しむ生活を送りました。南画や漢文で書かれた書籍である漢籍を学んだのち、父の工場の使用権を一部譲り受けて本格的な作陶をスタートさせます。結婚後は「瀬戸古窯調査保存会」の常任理事に就任するなど、陶芸史の研究も熱心におこなっていました。織部焼で無形文化財保持者、いわゆる人間国宝となりますが、永仁の壺事件によってその資格を取り消されます。
永仁の壷事件は、ある瓶子が鎌倉時代の古瀬戸だとして重要文化財指定され、直後に贋作であると判明して指定を取り消された一連の経緯をいいます。瓶子が唐九郎の作品であること、出土した窯自体も捏造であることを本人が告白し、当時の美術界や文化財保護行政に大きな混乱が起きました。事件によって人間国宝を取り消された唐九郎ですが、作品の国外流出をおそれて重要文化財指定を急いだ行政の落ち度も指摘されるなど、詳細については不明なことも残されています。事件後は黙々と作陶に専念し、毎日芸術賞受章、陶芸記念館設立など精力的に活動しました。代表作は黄瀬戸「輪花鉢」や、「陶壁」です。「陶壁」は唐九郎が独自に作り出した言葉で、陶磁器と建築物を融合させたものをさします。

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