葛飾北斎の浮世絵買取

葛飾北斎(かつしかほくさい)は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した浮世絵師です。
勝川春章に入門して役者絵をはじめ、のちに錦絵や版元挿絵、肉筆画ですぐれた作品を残しました。

北斎は、さまざまな画風をためらわずに取り入れて独自の世界を作り上げたことでもよく知られています。
参考とした狩野派(かのうは)や住吉派、琳派(りんぱ)、洋風銅版画などのテクニックを自家薬籠中の物とし、テーマは風景にとどまらず、花鳥画戯画、美人画など広範囲にわたりました。

お手元に葛飾北斎の浮世絵がございましたら、専門業者に査定・鑑定を依頼して、正確な価値を知っておかれるといいでしょう。

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葛飾北斎の掛軸買取相場

品名 買取相場
葛飾北斎 赤不二之図 絹本着色 額装  1,360,000円
葛飾北斎 神奈川沖浪裏 浮世絵 840,000円
葛飾北斎 春画本一冊 浮世絵 艶画 220,000円
葛飾北斎 富嶽三十六景 木版画 加藤版画研究所 150,000円
葛飾北斎 富嶽三十六景 アダチ版画 木版複製画46枚揃い 115,000円
葛飾北斎 富嶽三十六景 大錦版 高見沢研究所 46枚セット 浮世絵 木版画 106,000円
葛飾北斎 美人図 絹本肉筆掛軸 70,000円
葛飾北斎 富嶽三十六景 手摺木版画 吉田暎二監修 49,000円

葛飾北斎の掛軸買取価格

*掲載価格は実際の買取価格を保証するものではありません。
品物の状態や市場相場により価格が変動いたしますので予めご了承ください。

こんなお悩みございませんか?

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葛飾北斎を高く売る方法|買取のポイントは?

葛飾北斎の作品を高値で売却するには経験豊富な鑑定士の査定で、 買取相場にあった査定額をもらいましょう。

葛飾北斎の価値がわかる目利きに鑑定を依頼しましょう。

価値がわかる目利きに鑑定を依頼

葛飾北斎は、江戸時代後期の浮世絵師です。生涯に約3万点の作品を残したといわれる有名画家。代表作である「富嶽三十六景」は、奇想天外な構図で海外でも高い評価を受けています。

浮世絵はゴッホやモネに大きな影響を与えたジャンルで、買取価格も高額。とくに葛飾北斎の作品は風景画でも美人画でも高価買取になります。売却をお考えなら、経験豊富な目利き鑑定士に査定を頼みましょう。

作者の署名・落款の入った箱など付属品と一緒に査定に出しましょう。

箱や鑑定書など付属品と一緒に査定

浮世絵や日本画の査定を受けるときは、作品が収納されていた箱や鑑定書・保証書なども一緒に出しましょう。箱や書類といった付属品は、浮世絵の価値を高めるものです。

木版画である浮世絵は、付属品の有無で真贋判定が容易になり、鑑定額がさらに上がることもあります。

付属品がなくても売却はできますが、お手持ちの北斎作品を適切な査定額で売りたければ、付属品をすべてそろえて査定に出すことです。

評判の良い葛飾北斎の買取店数社で見積もりをとって査定額を比較することをオススメ

相見積もりを取って査定額を比較

葛飾北斎の浮世絵を売却する場合は、見積もりを複数の買取店からとりましょう。一つの見積もり額ではわからないのですが、複数の見積もりを比べると価格差が大きいことが分かります。

北斎は買取相場の高い作家ですが、それでも買取業者ごとに買取価格が違うからです。

高額な浮世絵作品こそ、複数見積もりを比べて高い買取業者に売ること。売却前には、めんどうに感じても複数見積もりを取るようにしましょう。

葛飾北斎の買取業者の選び方

安心して葛飾北斎を任せられる買取業者は、 浮世絵の無料査定ができて北斎作品の買取実績が多い業者です。

査定は無料のお店を選びましょう

査定は無料のお店を選びましょう

葛飾北斎のような世界的な絵師の作品を査定に出すなら、無料査定・無料鑑定ができる業者に頼みましょう。

複数の査定を受ける場合は無料査定の業者が安心ですし、余計なコストがかかりません。ほとんどの買取業者は出張買取でも交通費の実費程度が必要なだけです。

ただし、なかには査定後に「売却しないなら出張費が必要」「鑑定料が別途発生します」という悪質な業者がいます。査定を頼む前に費用の確認をすることです。

葛飾北斎の買取実績が豊富な業者に依頼しましょう。

買取実績が豊富な業者に依頼

買取相場の高い北斎作品。売却時には、過去にたくさんの北斎を買取している業者を探しましょう。

買取業者の実績は、運営するホームページに記載されています。作品の画像つき・買取価格つきで実績を公開している業者は、北斎の買取に自信があるということ。

多数の顧客から円満に北斎の浮世絵を買取している証拠です。北斎の売却前には、買取業者のホームページをチェック。合わせて業者のクチコミも確認しましょう。


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葛飾北斎について

葛飾北斎(かつしかほくさい)は、江戸時代の後期に活躍した浮世絵師です。偉大な画家として、日本だけでなく海外で高い評価を得ています。
1760年(宝暦10年)、本所に生まれた北斎は6歳ごろから絵に興味を持ち、14歳ごろから浮世絵版画の彫師に弟子入り、修行を積みます。1778年(安永7年)、19歳の時に役者絵で一世を風靡した浮世絵師、勝川派の勝川春章に入門。入門翌年に3枚の役者絵を描いて、浮世絵師として頭角をあらわしました。主な仕事は役者絵、黄表紙(きびょうし・草双紙と呼ばれる物語本の一種)の挿絵、子供絵、おもちゃ絵、武者絵、名所絵など多彩な浮世絵を残しています。寛政4年(1787年)に、師である勝川春章が亡くなり、翌年には勝川派を離れて「宗理(そうり)」という名前で活動を始めます。宗理とは琳派、俵屋一門(宗理派)の頭領が持つ名前です。三十代半ばから四十代半ばまでは「宗理」として、勝川派でもなく、従来の琳派とも全く違う作風で独自の作品を描き続けました。1798年(寛政10年)に琳派から独立。北斎辰政(ほくさいときまさ)と名乗り、挿絵、肉筆画の制作に没頭しました。

北斎を一躍有名にしたのが、曲亭馬琴(きょくていばきん)の小説に描いた挿絵です。読本の挿絵は墨一色で、墨の濃淡で対象を表現します。北斎の挿絵は墨一色で奥行きをあらわし、構図の奇抜さで見る者の目を引きました。とくに『新編水滸画伝』『椿説弓張月』の挿絵は小説の内容とマッチして、大衆に広く受け入れられました。また同じ時期に西洋風の風景版画を手掛け、肉筆画も多く制作しています。

世界的に有名な葛飾北斎の作品は、70代になってから描かれたものです。海外で「Great Wave」として知られている「神奈川沖浪裏」は、北斎が72歳になってから刊行された「富嶽三十六景」シリーズの一枚。シリーズにはほかにも「凱風快晴(通称 赤富士)」や「山下白雨(通称 黒富士)」が含まれており、今も高く評価されています。北斎の「富嶽三十六景」によって、それまで浮世絵になかった「風景版画」が人気となり、新しいジャンルとして確立されたのです。
晩年の作品は中国の南蘋派(なんぴんは)の手法を取り入れたり西洋絵画の技術を試したり、より洗練された画面構成が特徴。また自由闊達な筆遣いの肉筆画を数多く残し、1849年(嘉永2年)に九十歳で亡くなりました。現在、確認できる北斎作品は、約3万点があるといわれています。

葛飾北斎の作風

画業七十年におよぶ葛飾北斎の作風は非常に多彩で、とても一人の絵師による作品とは思えないほどに違いがあります。勝川派に入門してからは正統派の浮世絵技術を学び、やがて狩野派、土佐派の技法も身につけました。西洋技法も積極的に取り入れ、勝川派を離れてからは琳派の装飾様式をおさめます。琳派から独立した後は自然を師と仰ぎ、一つの対象物を観察して変化にとんだ作風を展開しました。
最晩年の肉筆画には軽やかな風韻があり、まさに「画狂老人」の自由さが感じられます。

葛飾北斎の略歴

略歴
1760年
(宝暦10年)
1歳  本所割下水(現 東京都墨田区)に生まれる
1778年
(安永7年)
19歳 浮世絵師、勝川春章に入門
1779年
(安永8年)
20歳 師より「勝川春朗」の号を得る。
春、朗、ともに勝川春章の雅号からもらったもの
1795年
(寛政7年)
36歳 勝川派を出て、琳派に入り、「宗理」を名乗る
1798年
(寛政10年)
39歳 「宗理」の名を門人である宗二に譲る。
以後は「北斎辰政」と名乗る
1805年
(文化2年)
46歳 「葛飾北斎」の名を使い始める。
肉筆画「鏡面美人図」を描く
1812年
(文化9年)
53歳 絵を学ぶ人のため絵手本「略画早指南 前編」を制作、刊行
1814年
(文化11年)
55歳 “ホクサイスケッチ”として知られる「北斎漫画」刊行
絵手本「略画早指南 後編」刊行
1818年
(文政元年)
59歳 錦絵「東海道名所一覧」刊行
1819年
(文政2年)
60歳 錦絵「木曽路名所一覧」を刊行
1827年
(文政10年)
68歳 脳卒中をわずらう
1831年
(天保2年)
72歳 「富嶽三十六景」刊行
1832年
(天保3年)
73歳 錦絵「琉球八景」刊行
1834年
(天保5年)
75歳 「富嶽百景」刊行
1849年
(嘉永2年)
90歳 肉筆画「富士越龍図」制作。四月に浅草聖天町にて没

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