岸田劉生の買取

岸田劉生の買取実績

0120-777-064電話をかける
お問合せ


0120-777-064電話をかける
お問合せ

岸田劉生について

娘をモデルにした一連の作品が有名な表現主義的画家

岸田劉生(きしだ りゅうせい 1891-1929年)は、東京銀座に居を構える実業家の4男として生まれた画家です。劉生の弟は、宝塚歌劇団で日本初のレビュー「モン・パリ」を作った劇作家、岸田辰彌として知られています。

文芸・美術雑誌「白樺」が主催する美術展において、民藝運動をおこしたバーナード・リーチや柳宗悦ら、武者小路実篤といった文化人と交流をもった劉生は、高村光太郎らと結成したヒュウザン会で本格的に画壇デビューを果たしました。

ヒュウザン会は、のちにフュウザン会と改称されましたが、どちらもフランス語で木炭(fusain)を意味します。

劉生は、発起人の一人に名前を連ねていました。結成期間はわずか2年間ほどで、展覧会も2回のみという美術集団でしたが、日本初の表現主義的な美術運動として歴史に名を残しています。

ちなみに解散理由の一つとして、劉生と発起人の一人である斎藤与里(さいとう より)の意見が食い違ったことが挙げられています。

私生活ではかなりの潔癖症で、くしゃみをしただけでアスピリンを服用したり、寒い時には布団を何枚もかけたりと、かなり極端な性格であったことが知られています。
かんしゃく持ちでもあり、実業家の家に生まれながらも社交的な性格ではありませんでした。

劉生の描いた絵画でもっとも有名なのは、一連の「麗子像」でしょう。麗子像は、1914年に生まれた劉生の娘をモデルにした作品で、劉生は多くの「麗子像」を描きました。

フリーダイヤル LINE査定 無料査定・お問合せ
フリーダイヤル LINE査定 無料相談