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熊谷守一について

表現主義と抽象主義をあわせもつ熊谷様式を確立した画家

熊谷守一(くまがい もりかず 1880-1977年)は、年代によってさまざまに画風が変化した画家として知られています。
機械紡績を営む裕福な家に生まれた守一は、幼い頃から美術を好み、12歳から絵画を描き始めました。最初に取り組んだのは水彩画といわれています。

画家を目指すにあたっては、父から「慶應義塾に一学期真面目に通ったら好きなことをしてもよい」という条件をつけられました。守一は言いつけどおり当時通っていた学校から慶應義塾普通科へ転入、一学期を過ごしてすぐに退学しています。

東京美術学校(現東京芸術大学)には同級生として青木繁が在学しており、ともにスケッチ旅行に出かけたこともありました。卒業後は一度実家へ戻りますが、再び上京、二科展に毎年出展を続けました。

絵画は表現主義的な画風から、抽象的な画風に変化していき、その独特といえるまでに単純化された形は「熊谷様式」ともいわれています。日本の美術史においてはフォービスム(野獣派)の画家にカテゴライズされていますが、一般的な分類に当てはまらないユニークな画家といえるかもしれません。

絵画やスケッチの一部は岐阜県に寄贈され、中津川市の「熊谷守一つけち記念館」に所蔵されています。
富裕層の出身でありながら清貧を貫き、その貧しさは診療を受けられずに子どもを亡くすほどでした。

76歳で軽度の脳卒中により倒れてからは、亡くなる20年間、小さな自宅の庭で自然観察する生活を送っています。泰然自若とした性格で、文化勲章と勲三等叙勲の内示を断ったことも有名です。

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