室生犀星 買取

室生犀星について

私生児に生まれ、詩と小説を多数あらわした詩人、小説家

室生犀星(むろう さいせい 1889-1962年)は、石川県金沢市に生まれました。室生の字を「むろお」と読ませることもあり、また魚眠洞という号を用いたこともあります。詩集や小説のほかに、手書き原稿や俳句をあらわした掛軸といった作品も残されています。加賀藩の足軽頭と女中の間に生まれ、生後すぐに真言宗の寺院である雨宝院の住職とその内縁の妻に引き取られたという複雑な生い立ちは、実の両親と会ったことがないという事情も含め、犀星の人生に大きな影響を与え続けたといわれています。金沢市立長町高等小学校を中退、金沢地方裁判所で給仕として勤務するなかで、俳人として活動していた上司から俳句の手ほどきを受けました。
まもなく新聞へ俳句を投稿し始め、次第に短歌もあらわすようになります。この頃は、本名の照道をもじった照文(てりふみ)という号を使っています。その後は上京と帰郷を繰り返しながら、萩原朔太郎や北原白秋と親交を深め、同人誌へ寄稿するなど積極的に活動していきました。小説を書くようになってから、一度は「詩よ君とお別れする」という決別宣言も出されましたが、本当に筆を折ったわけではなく、詩と小説の創作を両立して続けています。芥川賞選考委員としても活動、戦後は、毎日出版文化賞や野間文芸賞の受賞賞金をもとに室生犀星詩人賞を創設するなど、次世代の活躍の場づくりにも尽力しています。なお犀星の生誕地には、金沢市による文化施設「室生犀星記念館」が建てられています。

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