西田幾太郎 買取

西田幾太郎について

西田哲学をあらわした世界的に知られる哲学者

西田幾太郎(にしだ きたろう 1870-1945年)は、京都学派の創始者として知られる哲学者です。京都学派とは、西洋哲学と東洋思想の融合を模索しようとする西田の考え方と、それに賛同したり教えを受けたりしたメンバーをさします。ちなみに、近代経済学などにも別の京都学派と呼ばれる派閥があります。有名な名言に「人が環境をつくり、環境が人をつくる」があり、著書には「善の研究」があります。加賀国河北郡(現石川県かほく市)の裕福な家に生まれた幾太郎は、恵まれた家柄でありながら、兄弟を含めた肉親の死と父の事業失敗による破産、東京帝国大学(現東京大学)選科であるがゆえに受けた学歴差別など、多くの困難に見舞われた青年時代を過ごしました。学校を卒業後に教職についても、校長とそりが合わないことが続いて度々失職。辞職を繰り返し、勤務地を求める日々が続いたといわれています。一説には、苦難の時にはよく海に行き、心を沈めたとされています。しかし、世俗の苦労は幾太郎を哲学や禅の思想に傾倒させました。西洋と東洋の思想を融合させ、宗教的な見地もみられるその哲学体系は、西田哲学と呼ばれるまでに完成したものとなりました。
彼がよく散策した京都の琵琶湖疏水沿いの道は「哲学の道」と名づけられ日本の道百選に選出されています。また出身地である石川県には西田幾太郎記念哲学館があり、書や遺品、邸宅から移築された書斎が保存されています。晩年には興亜工業大学(現千葉工業大学)の設立にも尽力しました。

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