野口雨情の掛軸買取

野口雨情:「十五夜お月さん」を世に送り出した童謡界三大詩人のひとり

野口雨情(のぐち うじょう 1882-1945年)は、茨城県多賀郡(現北茨城市)の廻船問屋に生まれました。

4年制の高等学校を卒業後に上京し、東京専門学校(現早稲田大学)に入学、坪内逍遥の教えを受けましたが1年ほどで中退しました。詩作をし始めたのは、中退後の19歳頃からといわれています。

ほどなく家業を継ぐために帰郷し、家を守るために結婚して文学から遠ざかるものの思いを捨て去ることはできず、仕事をしながら創作の道を模索する悶々とした日々を過ごします。

当時は、東京や北海道などへ赴くことも多く、政略結婚によって結ばれた妻によって郷里へと連れ戻されることもありました。ちなみに、北海道ではいっときの間「小樽日報」に勤め、石川啄木と知り合っています。

本格的に詩作を再開したのは最初の妻と離婚し、水戸で再婚してからです。「十五夜お月さん」、「シャボン玉」、「赤い靴」といった童謡は、今でも広く愛好されており、日本を代表する歌といえるでしょう。

また、新しく創作された民謡「新民謡」の普及と発展にも尽力し、日本民謡協会を再興して理事長に就任、仏教音楽協会の評議員に推薦されるなど日本の歌謡界に大きな影響を与えました。

「からたちの花」を作詞した北原白秋、「かなりあ」を作詞した西條八十(さいじょう やそ)と並び、童謡界の三大詩人と称されています。短冊などの掛軸が残されています。

なお、日本国内、中国、台湾の学校校歌の作詞を手がけるなど、世界にもその活動を広げていました。

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