小田野直武の買取

小田野直武:西洋画を習い「秋田蘭画」を確立した藩士

小田野直武(おだの なおたけ 1750-1780年)は、秋田藩角館に生まれた秋田藩士です。幼い頃から、武家のたしなみの一つとして書画を学んでいました。
狩野派の技法や浮世絵風の画風なども描き、若い頃から絵の才能が周囲に知られていたといわれています。

発明家、蘭学者、医者として知られる平賀源内(ひらが げんない)が角館を訪問した際に知り合い、西洋画を習いました。
源内は鉱山の技術指導を目的に角館を訪れており、直武に遠近法や陰影法など西洋画の基礎知識を教えたといわれています。ちなみにこれについては諸説あり、角館滞在中に指導したことは伝承の域にとどまるとする声もあります。

源内が江戸に戻ってからは直武が上京し、「解体新書」の図を描く作業をおこないました。
「解体新書」は、杉田玄白(すぎた げんぱく)と前野良沢(まえの りょうたく)らが、オランダ語による解剖書「ターヘル・アナトミア」を翻訳したものです。玄白と源内は親しくしていたと伝えられているため、おそらく源内が原書から図を写す作業のために直武を紹介したと考えられています。

その後はさらに西洋絵画技法を学び、日本画と西洋画を融合させたような独自の画風を確立しました。
角館を治める秋田藩主である佐竹義躬(さたけ よしみ)、佐竹曙山(さたけ しょざん)に絵画の技術指導をおこない、3人は「秋田蘭画」、秋田派と呼ばれるようになりました。

代表作は重要文化財の「東叡山不忍池図」と「唐太宗・花鳥山水図」、そして「笹に白兎図」などが知られています。

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