尾形乾山の買取

尾形乾山:兄の光琳とも合作、陶芸を引退後に絵画をたしなんだ芸術家

尾形乾山(おがた けんざん 1663-1743年)は、絵師、陶工として活躍した江戸時代の芸術家です。深省、乾山、霊海など多くの号を用いましたが、窯名でもある乾山がもっともよく知られています。

乾山は、尾形光琳を兄にもち、京都の呉服商の3男として生まれました。父の遺産を湯水のように使って放蕩の限りをつくした兄の光琳とは対照的に、地味で質素な生活を好み、莫大な遺産を相続してもそれは変わらなかったといわれています。
しかし兄弟仲が悪いというわけではなく、乾山の器に光琳が絵を描くなど共作したものも残されています。

仁和寺の南に堂をつくり、学問や陶芸を学びました。37歳の時、関白であった二条編平(にじょう つなひら)によって山荘を与えられ、そこを窯としました。

作品に乾山という号をあらわしはじめたのも、この頃です。山荘が都からみて北西の方角つまり「乾」の方にあったことが由来とされています。素朴さと自由な感覚のあいまった作風が特徴です。
70歳頃に、窯を養子に譲って絵画を描くようになります。

陶芸の代表作は、「金銀藍絵松樹文蓋物(きんぎんあいえしょうじゅもんふたもの)」、光琳との合作による「銹絵寿老人図六角皿(さびえじゅろうじんずろっかくざら)」や「銹絵観鴎図角皿(さびえかんおうずかくざら)」などで、いずれも重要文化財に指定されています。

絵画では、書と絵によって秋草の美しさと侘しさをあらわした「花籠図」が代表作としてよく知られています。

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