斎藤茂吉の買取

斎藤茂吉:アララギ派の歌人として活躍したユニークな性格の精神科医

斎藤茂吉(さいとう もきち 1882-1953年)は、アララギ派の歌人、精神科医としてしられる人物です。

アララギ派は、伊藤左千夫が創刊し茂吉も編集員を務めていた短歌雑誌にちなんで、そう呼ばれるようになりました。雑誌は、正岡子規を好む歌人たちが集まり、交代で編集をしながら刊行されていました。

のちに「アララギ」に歌を寄せることになる茂吉は、山形県南村山郡(現山形県上山市)に生まれました。
跡継ぎに恵まれていなかった山形出身の精神科医、斎藤紀一の養子候補として15歳で上京します。

精神科医となってから紀一の次女である輝子と結婚、婿養子のかたちで正式に斎藤家の一員となりました。
しかし、才能豊かでも風変わりなところのある茂吉と勝気な女性である輝子とはそりが合わず、別居生活をしていた時期も長くあります。

中学生の頃に読んだ佐佐木信綱の「歌の栞」に感銘を受け、短歌を創作し始めました。高校時代に正岡子規の歌集に出会い、歌人を志すようになります。随筆もいくつかあらわしており、そのどれもが芥川龍之介らに絶賛されています。

ただ、本分は精神科医であるという立場を崩すことはなく、周囲には創作活動は趣味の一貫であるという姿勢を貫いていたといわれています。とはいえ、内心は創作に非常に心を傾けていたことは家族の証言からも明らかになっています。

ちなみに、茂吉の子は文才を受け継ぎ、長男は精神科医、随筆家として活動する斎藤茂太、次男は小説家の北杜夫として知られています。
茂吉のあらわした短歌や掛軸は、現在も高い人気を誇っています。

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