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高橋由一について

狩野派を学び西洋画に親しんだ日本洋画の祖的存在

高橋由一(たかはし ゆいち 1828-1894年)は、日本で初めての洋画家といわれている人物です。藍川、華陰逸人という号を用いていました。

由一は、江戸大手門前の佐野藩藩邸で生まれました。婿養子だった父が離縁したため、祖父母と母に育てられています。2歳の時には、すでに人面を描いて周囲を驚かせたというエピソードが残されています。家は代々新陰流免許皆伝であり、由一もまた剣術を習いましたが、並行して狩野派の絵師の元で絵を学びます。

当初は祖父に反対されていましたが、由一が病弱であったことと絵の才能があることから、剣術を捨てることを許可されて絵の道を志すことになります。

ある時、西洋の石版画を見たことによって洋画のとりこになり、油彩の技術を学ぶために南画家、教育者であった川上冬崖(かわかみ とうがい)の弟子となりました。その後、日本最初の漫画雑誌「ジャパン・パンチ」の創刊者であるチャールズ・ワーグマンにも師事します。ワーグマンは記者として当時横浜に住んでいました。由一はこの時期に、パリ万国博覧会にも出展をしています。

一時は絵画関係の官職についたこともありましたが、そののち画塾を開きます。実の息子を含めた弟子を養成しながら、来日していたイタリア人画家であるアントニオ・フォンタネージに教えを受けました。

由一の代表作は「鮭」で、これは西洋の模倣から脱却した日本独自の洋画の始まりとして、広く評価されています。洋画「鮭」、「花魁」はいずれも重要文化財に指定されています。

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