竹久夢二の買取

竹久夢二:美人画や装丁を手がけた別名「大正の浮世絵師」

竹久夢二(たけひさ ゆめじ 1884-1934年)は本名を茂次郎(もじろう)といい、岡山県の酒造業を営む家に生まれました。10代後半に家出状態で上京して早稲田実業学校に入学、在学時から読売新聞などにスケッチを投稿する生活を送りました。

多くの美人画を描いたことから「大正の浮世絵師」という異名をもっていますが、児童雑誌や詩集の挿絵を描いたり、本の装丁を手がけることも多くありました。絵画だけでなく、デザインや詩作など、芸術のさまざまな分野で才能を発揮し大衆に受け入れられたアーティストといえるでしょう。

夢二の絵画に登場する女性は、たおやかで夢見るような独特の表情をしています。このスタイルは「夢二式美人」と呼ばれ、描いた当時からたいへんな人気を博しました。

油彩画、日本画、ペン画、スケッチ、絵葉書など、さまざまな作品が代表作として知られています。米国に赴いたほか、ドイツ、チェコ、オーストリア、フランス、スイスなどの各都市を周遊しており、その風景を題材にした作品もあります。

描くだけでなく、私生活でもさまざまな女性との恋愛遍歴を重ねたことも有名です。戸籍上唯一の妻であり離婚後も復縁と別居を繰り返していた、たまき。

裕福な家に育ち夢二のファンだったことから交際が始まったものの結核で命を落とした彦乃、モデルとして出会い一時期同棲したものの別離後には医師と結婚したお葉という3人の女性とは、特に縁が深かったといわれています。

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