種田山頭火の掛軸買取

種田山頭火:自由律に心情を込めた孤独な漂泊の俳人

種田山頭火(たねだ さんとうか 1882-1940年)は、自由律俳句で知られる俳人です。

自由律俳句とは、五七五の型や季語にとらわれない俳句のことで、感情や思いをありのまま表現することを良しとするジャンルです。

山頭火は、山口県佐波郡の裕福な地主の元に生まれましたが、11歳の時に母が自殺したことでくらい少年時代を送りました。この事件は生涯山頭火の心に影を落とし、酒に溺れて放浪生活をするに至ったことにも起因しているといわれています。

しかし幼い頃から優秀であり、私立周陽学舎(現山口県立防府高等学校)では友人らと文芸同人誌を作ったり、10代半ばから句会に参加したりしていました。

首席で卒業後、私立東京専門学校(のちの早稲田大学)に入学を果たすも、神経衰弱によって退学。

故郷へ戻って事業をスタートさせます。郷土文芸誌「青年」や、師匠である荻原井泉水(おぎわら せいせんすい)主宰の雑誌「層雲」に自由律俳句や翻訳を寄稿、個人でも文芸誌「郷土」を創刊するなど、創作活動を本格化させたのもこの時期でした。

ほどなくして事業の経営が危機に陥ると放浪生活へ突入、不安定な心情から酒に頼り、自殺未遂もおこすようにもなります。

しかし、放浪先から「層雲」へ俳句を寄稿し続けており、俳人を貫いて人生ともいえます。

旅先でしたためた色紙や書などは数がありますが、生前は正当な評価がなされなかったこともあり、作品がまとまった状態で見つかることは珍しいとされています。

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