東郷青児の絵画買取

創業67年の信頼と実績
0120-777-064電話をかける
 LINEお問合せメールお問合せ

東郷青児の買取相場

品名 買取相場
東郷青児 街 共シール 油絵10号 1,190,000円
東郷青児 婦人像 油絵60号 1,090,000円
東郷青児 想い出の街 F6号 910,000円
東郷青児 婦人像 油彩20号  560,000円
東郷青児 島の娘 SM号 真筆 油彩 425,000円
東郷青児 望郷 油彩50号 287,000円
東郷青児 思い出 油彩8号 東郷たまみ鑑定書付 168,000円
東郷青児 夢 共シール 額装10号 151,000円

東郷青児の買取実績

*掲載価格は実際の買取価格を保証するものではありません。
品物の状態や市場相場により価格が変動いたしますので予めご了承ください。

こんなお悩みございませんか?

  • 遺品の古い東郷青児を処分したい
  • 所有している東郷青児が幾らくらいで売れるかどうか査定してほしい
  • 亡母が集めていた東郷青児の買取相場が知りたい
  • コレクションしていた東郷青児を、まとめて売りたい

ご安心ください!
東郷青児買取の専門業者
「買取福助」が解決いたします!

思わぬ物がお宝に!思わぬ物がお宝に! あなたのガラクタ、だれかのお宝! あなたのガラクタ、だれかのお宝!
創業67年の信頼と実績
0120-777-064電話をかける
 LINEお問合せメールお問合せ

東郷青児作品を高く売る方法

人気の画家・東郷青児の売却では、作品の価値が分かる鑑定士に査定を依頼
査定額が高い店に売りましょう。

高く売る方法

東郷青児の価値がわかる目利きに鑑定を依頼しましょう。

福助
福助
東郷青児(とうごうせいじ)は、日本の洋画家です。若干19歳で出品した「パラソルさせる女」で二科会の賞を受賞。その後も二科会を中心に活躍し、日本での前衛絵画をけん引した画家のひとりです。

曲線的な婦人像が有名で、モダンな作風は今も高い人気があります。リトグラフ、油絵、デッサンのいずれも高価買取の対象となり、鑑定額はとても高額。売却にあたっては、必ず目利きの鑑定士に査定を依頼しましょう。


作者のサインの入った箱など付属品と一緒に査定に出しましょう。

福助
福助
東郷青児の絵画を売却するときは、箱や鑑定書・保証書などの付属品一式と一緒に査定を受けましょう。付属品は作品の価値を高めるだけでなく、鑑定士が真贋を判定するときの参考にもなります。

東郷青児のような人気作家には偽物が多く、鑑定士は鑑定に時間をかけます。本物であれば買取価格は高額ですし、本物でなければ高くはなりません。

付属品は鑑定額に大きな影響を与えるものですから、箱などは処分せずにとっておきましょう。


評判の良い東郷青児の買取店数社で見積もりをとって査定額を比較することをオススメ

福助
福助
コレクターの多い東郷青児。作品の売却時には、複数の買取店から見積もりを取りましょう。買取店の見積もり額は、店の絵画販売ルートや得意ジャンルによって変わります。

3か所の買取業者から見積もりを取れば、3つの見積もり額が出ることになるのです。お手元の東郷青児の作品を高く売りたいのなら、買取価格が一番高い店を探すこと。

少し手間がかかりますが、見積もりを比べることで損のない売却ができます。


信頼できる東郷青児の買取業者の選び方

東郷青児の絵画を信頼できる業者に任せたいのなら、
無料鑑定・豊富な買取実績のある買取業者を選びましょう。

信頼できる買取業者の選び方

査定は無料のお店を選びましょう

福助
福助
大事な絵画作品を売却するなら、まず無料査定・無料鑑定をおこなっている買取業者に依頼しましょう。買取業者による査定はお金がかからないのが基本です。

出張買取の場合でも、所定のエリア内なら交通費も不要という「完全無料」の査定を実施している業者もあります。

良心的な業者ほど無料査定で対応するもの。悪質な買取業者は高額な鑑定料や出張費を請求することがあるため、査定依頼時に費用の確認をしましょう。


東郷青児の買取実績が豊富な業者に依頼しましょう。

福助
福助
人気の高い東郷青児の絵画を売却するときは、過去の買取実績が多い業者に依頼することです。多くの買取業者がホームページ上に買取実績を掲載しています。

買取実績が豊富な業者は東郷作品の販売ルートが確立していることが多く、高額で買取をしてもすぐに売却可能です。そのためぎりぎりまで査定額を上げて、東郷青児の絵画を買取します。

実績豊富な業者に売却することは、売り手にも買取業者にも利点があるのです。


創業67年の信頼と実績
0120-777-064電話をかける
 LINEお問合せメールお問合せ

東郷青児について

東郷青児(とうごう せいじ 1897-1978年)は、本名を鉄春といいます。鹿児島に生まれた青児は、幼少期に東京へ移り住み、青山学院中等部を卒業しています。在学中には、早くも竹久夢二が開いた「港屋絵草紙店」に出入りして、下絵を描く手伝いなどをしていました。ちなみに「港屋絵草紙店」は現在でも東京日本橋にあり、夢二の作品をあしらった小物などを販売しています。卒業後は、山田耕筰による東京フィルハーモニー赤坂研究所での一室を創作活動の拠点として、個展を開き、二科展に出展するなど精力的に活動していきます。1921年からは渡仏し、リヨン美術学校で絵画を学びました。留学中は百貨店の装飾美術を手がけるデザイナーとしても働き、のちにフランス政府から芸術文化勲章(オフィシエ)を授与されています。
夢見るようなやわらかい色調とたおやかな曲線による女性を描いた絵画作品を多く発表し、さらに版画、彫刻、本の装丁などもおこないました。また、ジャン・コクトーの「恐るべき子供たち」の翻訳も手がけています。私生活では子どもに恵まれた一方、女性遍歴を重ね、既婚でありながら別の女性と結婚披露宴をおこなったり、愛人の女性と心中未遂事件を起こすなど、スキャンダルも少なくありませんでした。また二科会興隆に尽力して「二科会のドン」という異名で知られ、美術界の帝王のごとく振る舞ったという証言もあります。現在、作品の多くは、東京都新宿区にあるSOMPO美術館に収蔵されています。

フリーダイヤル LINE査定 無料査定・お問合せ
フリーダイヤル LINE査定