若山牧水の掛軸買取

若山牧水:旅と酒を好み、書家としても知られた歌人

若山牧水(わかやま ぼくすい 1885-1928年)は、宮崎県東臼杵郡(現日向市)出身の歌人です。

医師の父をもって生まれた牧水は、10代の頃から短歌と俳句を創作するようになり、18歳で「牧水」という号を用い始めます。

「牧」は母の名前、「水」は身近にあった渓谷からきており、18歳当時もっとも愛していたものから名付けたと語られています。

地元の学校の先生から進学をすすめられて上京、親を説得して早稲田大学に入学を果たしました。

早稲田大学文学科では同級生の北原射水(のちの白秋)や中林蘇水と親交をあたため、彼らは「早稲田の三水」と異名をとっています。

卒業後は初の歌集となる「海の声」を出版、時を同じくして歌人、書家として活動していた尾上柴舟を師匠とし、創作活動を続けました。

ごくわずか中央新聞社に勤務しましたが、まもなく退社しています。
ちなみに、牧水自身も自作の短歌を自らしたためた掛軸などを多数あらわしており、書家としても知られた存在です。

若い頃は、立ち上げた雑誌「創作」の資金繰りに苦しんだり、故郷と東京の板挟みになったりと悩みも多く、拍数が定型をはずれているいわゆる破調の歌が物議をかもしたこともあります。

しかし若い時をすぎると、次第に旅と酒を愛する自然主義の歌人として、自らを確立していきました。日本各地に歌碑が建てられています。

結婚後に移住し、結果終焉の地となった静岡県沼津では千本松原と富士山を特に気に入り、富士山に関する多くの短歌を創作しました。

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