柳宗悦 買取

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柳宗悦について

民藝運動によって普段使いの工芸品を再評価した思想家

柳宗悦(やなぎ むねよし/そうえつ 1889-1961年)は、民藝運動で知られる思想家、美学者です。1957年に文化功労者として顕彰されました。宗悦は東京府麻布区(現港区)に海軍少将の息子として生まれました。旧制学習院高等科を卒業した頃から、武者小路実篤や志賀直哉らが創刊した同人誌「白樺」に参加、主に宗教哲学について執筆していました。東京帝國大学哲学科(現大学院)で学ぶうちに、西洋近代美術についての寄稿もするようになり、次第に傾倒していきます。普段使いの日用品に「民芸の美」を求める宗悦の芸術性を決定づけたのは、この頃からふれていたウォルト・ホイットマンの思想です。米国で自由詩の父との異名をとるホイットマンのあらわす「直観」、すなわち推測を交えることなく対象をみるという考え方が、宗悦のこれまで学んできた宗教と美術と結びつき、民藝運動は発生しました。
民藝運動は、1926年に宗悦と陶芸家の富本憲吉と濱田庄司、河井寛次郎の4名が発表した「日本民藝美術館設立趣意書」に端を発します。英国人の陶芸家で、日本の陶磁器に傾倒していたバーナード・リーチも、この運動に協力した工芸家の一人です。宗悦は、無名の職人が作った工芸品の数々に強く心惹かれ、暮らしの中で使われてきた雑器の美を評価しました。東京駒場に自らが初代館長を務める日本民藝館を開設、機関紙「工藝」を創刊するなど、民藝運動の賛同者を増やすべく積極的に活動しました。また、肉筆の掛軸なども残されています。

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