奈良で見られる【国宝・重要文化財】の有名仏像15体

奈良の仏像

古代の風景を残す奈良は、京都と並んで、日本人・海外観光客の人気が高いスポットです。

かつて日本の首都として栄えた奈良には、現在も国宝・重要文化財の仏像が多数残されていますが、あまりにも数が多いため、どれから見るべきかわからない方も多いでしょう。

また仏像は種類も多く「阿弥陀仏」「阿修羅像」「大日如来」「観音菩薩」といわれても、ピンとこないものです。
そこで、今回は「奈良で見たい有名&人気仏像」15体を、次の2種類にまとめてご紹介します。

  • 奈良で見たい「国宝」の仏像12体
  • 奈良で見たい「重要文化財」の仏像3体

いずれも「国宝」「重要文化財」に指定され、古美術品としても貴重な仏像ばかりです。
あわせて拝観できるお寺の情報もご紹介しますので、お気に入りの仏さまを探してみてはいかがでしょうか。

奈良にある国宝・重要文化財の仏像

実は、京都よりも国宝・重文の仏像が多い奈良

国宝・文化財クラスの仏像が多いのは、京都よりも奈良です。

都道府県別で言えば奈良には約70件の国宝仏があり、全国第1位。京都は全国2位で、国宝仏像は37件になります。
これほど差があるのは意外な気がしますが、理由は、奈良に複数の国宝仏を所有しているお寺が多いからのです。

大仏で有名な「東大寺(とうだいじ)」や「唐招提寺(とうしょうだいじ)」などは多数の国宝仏像を所蔵していますし、阿修羅像で人気のある「興福寺(こうふくじ)」はひとつのお寺で、「八部衆立像」「十大弟子立像」など20件近くの国宝を持っています。

このほかにも奈良市外にある「法隆寺(ほうりゅうじ)」には日本全国の国宝仏像の全躯体の1/3に当たる全107躯体が収蔵。
ですから国宝仏の合計数は、京都よりも奈良のほうが多く、人気&有名な「見たい仏像」の数も多いのです。

世界遺産に登録された奈良の古刹

奈良の国宝・重要文化財の仏像を見るうえでぜひ覚えておきたいのが、「世界遺産」に登録されているお寺のこと。

奈良は8つの資産で構成された「古都奈良の文化財」として、1998年に世界遺産に登録されました。
8つの資産のうち「国宝建造物があり、敷地が史跡に指定されている資産」として次の6か所が指定されています。

  1. 東大寺
  2. 興福寺
  3. 春日大社
  4. 元興寺
  5. 薬師寺
  6. 唐招提寺

このうち「春日大社」は神道のため仏像がありませんが、残る5つのお寺には国宝・重要文化財の仏像がおさめられています。
つまり奈良市内で世界遺産のお寺をめぐるだけでも、おすすめ仏像の拝観コースになるのです。

それでは、奈良にある貴重な国宝・重要文化財の仏像15体を見ていきましょう。

奈良で見たい「国宝」の仏像12体

法隆寺「釈迦三尊像」飛鳥時代

法隆寺の「釈迦三尊像(しゃかさんぞんぞう)」は、飛鳥彫刻の代表作と言われる仏像です。

大きな舟型の光背(こうはい)を背に持ち、光背には銘文が刻されています。
この銘から、飛鳥時代の代表的な仏師「鞍作止利(くらつくりのとり)」の作と判明しました。

飛鳥時代の特徴でもある四角い顔に、アーモンド形の目、微笑しているような口元が大きな特徴。
脇侍は「薬王菩薩(やくおうぼさつ)」「薬上菩薩(やくじょうぼさつ)」で、ご本尊とともに国宝指定されています。

こちらの仏像のある法隆寺は、607年に聖徳太子と推古天皇により創建されたと伝わる古刹です。
現在の伽藍は8世紀初頭にはすでに完成していたと考えられており、現存する木造建築群としては、世界最古だと言われます。

境内に国宝・重要文化財の建築物だけでも55棟もあるという、まさに日本の至宝。
「釈迦三尊像」が安置されている「金堂」も国宝です。

法隆寺「救世観音像」飛鳥時代

法隆寺の「救世観音像(ぐぜがんのんぞう)」は、聖徳太子の等身像であると伝わる仏像です。
クスノキの「一木造(いちぼくづくり)」で、漆を塗った上に金箔がほどこされています。

明治時代まで「秘仏(ひぶつ)」として白布で厳重に巻いて保存されていたため、今も金箔がはがれずに残っている部分が多く、まるで金銅物のような輝きです。

なお、救世観音像は現在も「秘仏」であり、年に2回、春と秋にだけ公開される貴重な仏像。
公開時期には大勢の人が拝観に訪れます。
こちらの仏像が安置されているのは、法隆寺の八角形のお堂「夢殿(ゆめどの)」です。

高い基壇の上にあるお堂は法隆寺「東院」の本堂で、国宝。
鎌倉時代に大改造が行われ、お堂の高さや組み物などが改変されていますが、現在も天平時代の面影を残しています。

法隆寺「百済観音像」飛鳥時代

法隆寺の「百済観音像」(くだらかんのんぞう)」は、飛鳥時代を代表する仏像で「国宝中の国宝」といわれるほど有名な仏像です。

高さは209.4センチもあり、ほっそりした体に柔和な顔、華麗な光背の組み合わせが静かな美しさをたたえた立像。
明治時代に透かし彫りのある宝冠が見つかり、現在の姿になりました。

名前に「百済(くだら)」という古代朝鮮の国の名前がついていますが、朝鮮半島から来たのではなく、日本国内で作られた仏像であるという説が有力です。

こちらの仏像がみられる大宝蔵院には法隆寺に伝わる数々の名品が展示されています。
なかでも「玉虫厨子(たまむしのずし)」は、奈良に行ったら一度は見たい人気の国宝。
唐草模様を透かし彫りにした銅板と、その下に玉虫の羽根が貼られた厨子は貴重な美術品でもあります。

また飛鳥時代と奈良時代をつなぐ白鳳時代(はくほうじだい)の「観音菩薩像(夢違観音・ゆめたがいかんのん)」も国宝で、ふっくらした頬の美しい仏像です。

東大寺「盧舎那仏」天平時代

東大寺の「盧舎那仏(るしゃなぶつ)」は、「奈良大仏」「東大寺の大仏様」とよばれる仏像です。

台座を含む総高が18.03メートル、重量250トンと迫力ある姿。聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願で745年に製作がはじまり、752年に完成しました。

しかし東大寺とともに廬舎那仏も何度か戦火にあったのちに復興したため、現在の大仏のうち奈良時代から伝わる部分は、台座および膝頭の一部のみです。

大仏のある「東大寺(とうだいじ)」は、天平年間に聖武天皇の勅願により建立。当時の諸国にあった「国分寺(こくぶんじ)」の総本山でした。
現在の伽藍は江戸時代にできたものですが、創建当時の遺構として「転害門(てがいもん)」が国宝に指定されています。

東大寺「不空羂索観音菩薩立像」奈良時代

東大寺の「不空羂索観音菩薩立像(ふくうけんじゃくかんのんぼさつりゅうぞう)」は、8~9世紀にかけて盛んに造られた不空羂索観音の傑作といわれる仏像です。

3つの目と8本の腕を持つ「三目八臂(さんもくはっぴ)」の姿で、「あらゆる生き物を救う」という観音さま。
この仏像はとくに腰が大きく太く作られており、安定感があります。

特徴は、天平時代から平安初期に作られた「宝冠」です。
高さが88センチもあり、もとは2万個以上のヒスイやコハクで飾られていましたが、1937年に盗難にあい、宝石は紛失。

現在の宝冠についている宝石の一部は、のちに同じ材料を使って復元したものです。
こちらの仏像は東大寺の国宝「法華堂(ほっけどう)」のご本尊です。
旧歴3月に法華絵を行うため「三月堂」という名で有名な建物で、東大寺で最も古い建物だと言われます。

もともとは「寄棟造(よせむねづくり)」の建物が2つ並んでいいましたが、鎌倉時代に「礼堂」部分を「入母屋造(いりもやづくり)」に改築。「礼堂」とつながっている「正堂」部分は天平初期の建築です。

東大寺「広目天像(四天王)」奈良時代

東大寺の「広目天像(こうもくてんぞう)」は、いわゆる四天王のひとり、広目天の仏像です。
仏法の守護神である四天王は本尊の護衛でもあり、方角が割り当てられています。
広目天は、お堂の西側をまもる仏像です。

多くの広目天像の中でも、東大寺の広目天は仏像ファンからの人気がある仏さま。
足元では邪鬼を踏みつけ、眉を寄せて目を細めて遠くを見つめる表情をしており、片手に経典、片手に筆を持って中国風の鎧を身に着けています。

作者は奈良時代の仏師「国中公麻呂(くになかのきみまろ)」と推定され、本尊の脇侍である「日光・月光菩薩(にっこう・がっこうぼさつ)」とほぼ同時期に同じ工房で作られたという説が濃厚です。

この仏像のある「東大寺・戒壇堂(かいだんどう)」は、755年に建立されましたが、江戸時代までに3回の火災を受けて消失。
現在の建物は復興されたもので、奈良県の指定重要文化財になっています。

興福寺「阿修羅像」天平時代

興福寺の「阿修羅像(あしゅらぞう)」は、「天平の美少年」とも呼ばれる、奈良でも人気の仏像です。

「阿修羅像」は、仏教を保護する8人の守護神「八部衆(はちぶしゅう)」のうちのひとり。
三つの顔と6本の腕を持つ「三面六臂(さんめんろっぴ)」の姿で、ほっそりした上半身には衣服をまとわず、胸飾りや腕釧(わんせん)、天衣(てんね)をつけて、裳(も)をまとっています。

仏法を守護する神とされていますが、阿修羅像はほかの八部衆とちがって鎧を着ておらず、かろやかな印象がある点がより少年らしく感じられる理由です。

「阿修羅像」のある「興福寺(こうふくじ)」は、鎌倉時代から安土桃山時代まで強大な権力を持っていたお寺です。
境内には国宝の「五重塔」や同じく国宝の八角形のお堂「南円堂(なんえんどう)」などがあり、天平時代や鎌倉時代の国宝・重要文化財が多数収蔵されています。

奈良市内でも有名な人気観光スポットです。

薬師寺「薬師三尊像」白鳳時代

薬師寺の「薬師三尊像(やくしさんぞんぞう)」は、創建当時からのこる貴重な仏像です。

薬師寺の「金堂」に安置されているご本尊で、金堂は戦国時代に焼失したのちに再建されましたが、「薬師三尊像」は戦火をのがれ、現在もほぼ完全な姿で残っています。

中央にある「薬師如来」は堂々とした坐像で、優しさを感じさせる表情。
脇侍仏の「日光・月光菩薩(にっこう・がっこうぼさつ)」は、若々しい表情にしなやかな身体つきの優美な仏像です。

こちらの仏像がある「薬師寺(やくしじ)」は、持統天皇(じとうてんのう)の病気平癒のために藤原京で作られ始め、遷都にともなって718年に現在の奈良市内へ移築されてきました。

寺宝として、国宝「吉祥天女画像(きっしょうてんにょがぞう)」があり、麻の地に彩色された「日本最古の独立彩色画」。
ふくよかな天女の姿は、光明皇后(こうみょうこうごう)がモデルだと言われています。

中宮寺「菩薩半跏像」飛鳥時代

中宮寺の「菩薩半跏像(ぼさつはんかぞう)」は、気品のある微笑をたたえる「アルカイックスマイル」の典型と言われる美しい仏像です。

右足を組み、右手の指でほほにふれようとしている「半跏思惟(はんかしゆい)」の姿勢を取っており、しなやかな造形が特徴。
体はクスノキを使った「寄木造(よせぎづくり)」で、京都の広隆寺の「弥勒菩薩半跏思惟像」と並んで人気のある仏像です。

この仏像のある「中宮寺(ちゅうぐうじ)」は、聖徳太子が母のために建てた御所のあとをお寺にしたものだと伝えられ、創建以来ずっと尼寺です。
寺宝としては「日本最古の刺しゅう遺品」として知られる「天寿国曼荼羅繍帳(てんじゅこくまんだらちゅうちょう)」があります。

622年に聖徳太子の妃が、太子亡きあとに作らせたもので、紫の地に、白・赤・黄・青・緑色などの糸で刺しゅうの絵が作られています。現在、実物は奈良国立博物館に委託されており、精巧なレプリカが中宮寺にあります。

新薬師寺「十二神将像」天平時代

新薬師寺の「十二神将像(じゅうにしんしょうぞう)」は、天平美術の傑作といわれる12体の仏像です。
土で作った「塑像(そぞう)」で、ご本尊である「薬師如来」を守護する役割があります。

守護神という役目から、十二の神像は剣や矢を持っていたり、斧や鉾(ほこ)をかまえていたり、と躍動感・勇猛さにあふれた姿です。
本来は12体で1セットの神像ですが、国宝としては「奈良・天平時代に作られた11体」しか指定されていません。

これは「波夷羅大将(はいらたいしょう)」1体のみが昭和時代の後補だからです。
どれが昭和の仏像で、どれが奈良時代のものか、展示されている名前を見ずに見比べて推察してみるのも面白いでしょう。

こちらの仏像がある「新薬師寺(しんやくしじ)」は、747年に聖武天皇(しょうむてんのう)の病気平癒のために光明皇后(こうみょうこうごう)が建立したお寺です。

「本堂」には創建当時の天平建築様式が残っており、国宝に指定。御本尊の「薬師如来坐像」も国宝です。
この「薬師如来坐像」は瞳が大きく美しい仏像のため、むかしから奈良では、眼病に霊験あらたかな仏さまとして人気があります。

室生寺「十一面観音菩薩立像」平安時代後期

室生寺の「十一面観音菩薩立像(じゅういちめんかんのんぼさつりゅうぞう)」は、女性的な美しさで人気の仏像です。

こまかい装飾のされた胸飾りや衣のようす、ふくよかな顔など優美さが強く感じられます。
本来はご本尊の「薬師如来立像(やくしにょらいりゅうぞう)」の脇侍仏として作られたものだと言われ、台座は「八重蓮華座(やえれんげざ)」。

後世に補作された部分がありますが、平安時代前期の様式が伝わる貴重な蓮華座です。
こちらの仏像のある「室生寺(むろうじ)」は、女性の参詣が許可されていたので「女人高野(にょにんこうや)」として有名なお寺。

室生川に面して建つ優雅な境内には、檜皮ぶきの「本堂」、「五重塔」「灌頂堂(かんじょうどう)」があり、いずれも国宝。
ご本尊の「釈迦如来坐像]」も国宝ですし、脇侍として作られた「地蔵菩薩立像(じぞうぼさつりゅうぞう)」も国宝と、国宝・重要文化財クラスが目白押しの、おすすめ観光スポットです。

唐招提寺「廬舎那仏座像」奈良時代

唐招提寺の「廬舎那仏座像(るしゃなぶつざぞう)」は、高さ3メートルを超える巨大な仏像です。

唐招提寺の「金堂」に安置され、仏像の背後にある光背(こうはい)の高さは5.15メートル。光背には「化物(けぶつ)」として、小さな仏様が862体ついていますが、本来は1000体あったと言われます。

はるばる中国からやってきた僧「鑑真(がんじん)」がもたらした中国・唐代の雰囲気を色濃く残し、雄大さと柔らかさが共存する威光あふれる姿です。

こちらの仏像がある「唐招提寺(とうしょうだいじ)」は、鑑真和上の手によって759年に建立されました。寄棟造(よせむねづくり)の「金堂」は、創建当時の姿の残る貴重な建築物です。

金堂内にはご本尊の「廬舎那仏座像」にくわえて「薬師如来立像(やくしにょらいりゅうぞう)」「千手観音立像(せんじゅかんのんりゅうぞう)」、「四天王」4体、「梵天・帝釈天立像(ぼんてん・たいしゃくてんりゅぞう)」があります。

国宝の「金堂」の中に、ご本尊も含めて合計9体の国宝仏像が安置されており、奈良市内で、ぜひとも見たいお寺です。

奈良で見たい「重要文化財」の仏像3体

秋篠寺「伎芸天立像」天平時代

秋篠寺の「伎芸天立像(ぎげいてんりつぞう)」は、日本では珍しい芸能をつかさどる密教の仏像です。

高さ2メートル以上ある大きな立像ですが、威圧感はまったくなく、伏し目の表情はむしろ優しげ。
伎芸天ではなく菩薩の一人だという説もありますが、非常に美しい仏像で、作家の堀辰雄は「東洋のミューズ」とほめたたえました。

奈良でも一度は見たい、人気のある仏像です。
この仏像は、頭部だけがお寺の創建当初の天平時代に作られたもので、身体は鎌倉時代の補作。材質も年代もちがうのですが、しっくりとなじんでみごとに一体化した立像となっています。

こちらの仏像がある「秋篠寺(あきしのでら)」は、奈良時代に建立された最後の官寺だと言われるお寺。
日本人にとっては、「秋篠宮」さまの名前が取られたお寺としても有名です。

境内の「本堂」は一度消失し、鎌倉時代に遺材で再建されたものが国宝に指定。
ご本尊の「薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)」や脇侍仏「日光・月光菩薩(にっこう・がっこうぼさつ)」も重要文化財です。

岡寺「如意輪観音菩薩坐像」奈良時代

岡寺の「如意輪観音菩薩坐像(にょいりんかんのんぼさつざぞう)」は、土でできた「塑像(そぞう)」としては日本最大の仏像です。
高さは4.85メートルで、塑像のため白い身体をしているのが大きな特徴。

また、平安時代以降の「如意輪観音」は6本の手に「法輪」や「宝珠」を持ち、片膝を立てる「輪王座(りんのうざ)」の姿勢をとっていることが多いのですが、こちらの仏像は2本の腕で「結跏趺坐(けっかふざ)」の形です。

もともとは片足を降ろす「半跏(はんか)」だったと言われ、いずれにせよ、平安時代以前の古様が拝観できる貴重な文化財です。
こちらの仏像のある「岡寺(おかでら)」は、633年の創建。

正式には「龍蓋寺(りゅうがいじ)」といいますが、地名から「岡寺」というほうが一般的。
境内にある戸時代の「書院」や「仁王門」が重要文化財に指定されています。

長谷寺「十一面観世音菩薩立像」室町時代

長谷寺の「十一面観世音菩薩立像(じゅういちめんかんぜおんぼさつりゅうぞう)」は、高さ10メートル18センチもある仏像です。

木造の「十一面観音像」としては国内最大級。頭の上には11の面があり、世の中を救うためにあらゆる方向を見ていると言われます。
この仏像の、右手には錫杖(しゃくじょう)を持ち、左手には水瓶(みずがめ)を持つ形は、「長谷寺式十一面観世音菩薩」として諸国に広まりました。

あまりにも大きい仏像なので、本堂前で拝観すると仏像の上半身しか見えません。年に2回、春と秋の特別拝観期間は国宝である「本堂」に内部に入ることができ、全身を見ることができます。

こちらの仏像のある「長谷寺(はせでら)」は、686年の建立と言われます。
平安時代には貴族からの帰依を受け、江戸時代には徳川家も熱心に崇敬したため、現在も1000点以上の文化財を所蔵しているお寺です。

「十一面観音」が安置されている「本堂」は徳川家光が再建したもので、国宝に指定されています。

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