版画のエディションナンバー(限定部数 )E.A.やA/Pについて

版画のエディションナンバー(限定部数 )E.A.やA/Pについて

版画は、一度に複数の作品を制作できる絵画作品です。複数の作品ができるために、絵画としての価値を保持する目的から、最初に制作する作品の数を決めておきます。

「限定部数」で制作するからこそ、版画に価値が生まれるのです。
ここでは、枚数管理のために使われている、版画の「エディションナンバー」と、「エディションナンバーがついていない版画作品」についてご紹介しましょう。

版画エディションナンバーの基礎知識

版画エディションナンバーの基礎知識


「エディション(Edition)」とは、もともとは「版」を意味する英語です。版画の世界では「限定部数」をあらわす言葉になり、エディションナンバーとも、シリアルナンバーとも言います。つまり、事前に制作部数を決めておき、それ以上の作品を作らないという証明のための番号です。

エディションナンバーの役割は、版画作品の総部数を事前に決めて作品の価値を保持することです。ですから刷りあがった版画作品の1枚ずつに限定番号がつきます。

エディションナンバーは、通常、版画の左下の余白に分数の形で書かれます。分母が限定部数を、分子がエディションを意味する数字です。
たとえば、12/200という番号でしたら、その版画作品は限定200部の制作のうちの一枚である、ということをあらわしているのです。

美術品としての版画作品には、ほとんどがこのエディションナンバーが入っています。とくに「オリジナル版画」と呼ばれる、作家自身が原画を作成して「刷り」まで監修する版画作品では、必ずエディションナンバーおよび作家のサインが入れられます。エディションナンバーのナンバリングは、版画を作る版元が入れることが多いようです。

ちなみに、版画作品の限定部数は作家の希望などで決まり、100部、200部といったものから、限定1枚だけの貴重な版画や500部以上のものなどがあります。

版画の製作技法によっておおまかな限定部数が決まっており、たとえばリトグラフは、版画を作る「版」の特性上、200部程度が上限と言われます。それ以上になると「版」そのものにダメージが残り、作家が求めるクオリティの版画が作れなくなるからです。

エディションナンバーによる部数管理

このようなエディションナンバーによる限定部数管理は、20世紀前半ごろから始まりました。それ以前は美術品としての版画の需要が少なかったため、限定数を設定する必要がなかったのです。

しかし版画が「ファインアート」としての地位を確立してゆくと、制作作品数を明記して作品の希少価値を保持することが基本になりました。

限定制作である以上、いったん刷り終わった「版」は廃棄されます。原版を廃棄することを「廃版」といいますが、「廃版」については1960年の第3回国際造形美術会議で、版の抹消あるいはエディション完了を示す明確な記録を残すという合意ができています。

たとえば、限定数を刷り終わった版は、銅版画なら版に斜線を刻んだりリトグラフなら石版を研磨して「版」を廃棄します。
このように、最初に決めた限定部数以上の作品が流通しないようにすることが、版画作品の価値を高めてゆくのです。

エディションナンバーは刷り順番ではなく、限定部数の証明

エディションナンバーは、版画1枚ずつに異なる番号が割り振られます。

イメージ的に、若い番号ほど最初に刷られたもの=価値が高い版画だと思うかもしれません。しかしエディションの番号は、刷りあがりの順番とは関係がありません。ただの、通し番号にすぎないのです。
版画作品を制作する過程は、非常に細かい段階を重ねてゆきます。

刷りあがった作品をまとめておいたり、多色刷りで版を重ねていったりする途中で、どれが最初に刷ったの一枚かはわからなくなります。作家も作品の完成度を気にすることはありますが、制作順番は気にしません。

つまり、エディションナンバーは「限定部数のなかの1枚」である証明にはなりますが、それ以上ではないのです。

E.A、A.P、H.Cなど「限定番号のない版画」の存在

E.A、A.P、H.Cなど「限定番号のない版画」の存在


それでは、美術市場に流通するすべての版画作品にはエディションナンバーが入っているのか?
実際には、エディションナンバーが入っていない作品も見られます。

一般的に版画作品は「エディションナンバー制作数+10~15%のエディションナンバーなし作品(E.A.やA/Pとよばれるもの)の枚数」、合計の制作数になります。
ここでは、エディションナンバーのない作品を、作品に描かれている文字別にご紹介しましょう。

E.A.およびA/P

E.A.およびA/P

E.A.およびA/Pは「作家保存」と言われる版画です。
E.A.はフランス語の「Epreuve d’artiste(エプルーヴ・ダルティスト)」の略、A/Pは英語の「Artist Proof(アーティストプルーフ)」の略です。どちらも同じ意味で、版画によってE.A.かA/Pのどちらかが使われます。

もともとは作家が保存用に持っておく版画のことで、資料として作家が保存していました。あるいは美術館に寄贈したり、美術関係者へ贈ったりするためのものです。もちろん、版画作品としてのクオリティは通常のエディションナンバー作品と変わりません。

基本的に市場に出回ることのない作品のはずですが、最近では通常エディションナンバーとともに、版画の版元が管理・販売することが一般的です。

H.C.

H.C.

H.C.は「Hors Commerce(オル・コメルス、非売品)」の略です。

本来は販売時の作品見本であり、販売される版画ではありませんが、こちらも寄贈や版画作品の制作にかかわった人たちへの贈答用として作られます。
H.C.も、E.A.およびA/Pと同じく限定部数の5~10パーセントを目安として制作されます。

版元がもっている見本としてのH.C.が1~2部があり、それ以外にも限定枚数としてH.C1/10などとナンバリングすることがあります。

T.P.

T.P.は英語の「Trial Proof(トライアルプルーフ)の略です。フランス語では「Epreuve d’Essai」と呼び、EEと略します。
そもそもは、試し刷りの版画です。
版画を刷る時に、色調や配色を確認するために作った「試し刷り」で、作家によってはT.P.であらためて構図の確認をするケースもあります。

T.P.で版画作品の最終チェックをしてからエディションナンバー作品を刷り始めることになりますので、最終的に出来上がった版画とT.P.のあいだには、色や構図が異なる点があります。

T.P.は作家が所有している場合と、刷りを担当した工房が所有する場合があり、作家保存のT.P.は作家の死後、遺族に相続されてサインのない状態で市場に出ることがあります。
刷り工房が所有する場合は、工房の資料用ということで作家からサイン入りのものが贈られます。こちらもまれに、美術市場に出ることがあります。

P.P.

P.P.は英語の「printer’s proof(プリンターズプルーフ)」の略です。
こちらは版画制作にかかわった刷り工房への贈呈用・資料保存用の版画です。

P.P.は版画制作業界の古くからの慣習として作られてきましたが、最近ではあまり見かけなくなりました。

というのも、近年の版画作品は作家自身が刷ることがとても多くなり、昔のように、刷り師が刷り工程を担当することが非常に少なくなったからです。
刷り師がいない場合は、当然P.P.は制作されません。