瀬戸浩の栃ノ葉文板皿

東京都目黒区中目黒のお客様より瀬戸浩の栃ノ葉文板皿 共箱をお買取りささせていただきました。

瀬戸浩は、以前も取り上げた「益子焼」の名手として知られています。1941年に徳島県で生まれ、長じては京都市立芸術大学工芸家陶磁器専攻科を選び、そこに通うようになりました。また、大学を卒業した翌年には、すでに益子で窯を築いています。

1972年から1973年まではアメリカで焼き物を作っていましたが、帰国後は個展に積極的に関わっていきます。特に1980年に行った宇都宮駅の陶壁は非常に見事なものです。

この後も彼はさまざまな作品を生み出していきます。
ただ、彼の芸術家としての人生は、非常に短いものでした。これは、「才能の枯渇」を意味するのではありません。
彼は、まだ53歳のときにこの世を去ってしまったのです。原因は、肺がん。そこからくる呼吸不全の末の死でした。

陶芸家として非常に素晴らしかった彼が、わずか53年で人生を終えるなどというのは、なんとも悲しい話です。しかし、今回、東京都目黒区中目黒のお客様より瀬戸浩の栃ノ葉文板皿 共箱を買わせていただいたように、その美しさ、素晴らしさは、瀬戸浩が残した、彼の生きてきた軌跡だと言えるでしょう。

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