蓮田修吾郎作 斑朱銅仕上げ鋳銅オブジェ

東京都目黒区のお客様から蓮田修吾郎作 斑朱銅仕上げ鋳銅オブジェをお買い取りしました。

1915年、短い大正時代のただなかで、蓮田修吾郎は生まれました。1915年の8月2日、石川県の金沢市で生を受けた彼は、現在も残る、石川県工業コプ島学校で学びます。
1938年には生まれた石川県を出て、東京美術大学に進みます。そこで出会った、鋳金家の「高村豊周(たかむらとよちか。人間国宝となる。既存の技法を踏まえつつ、新しい世界を目指した)」に教えをこうこととなります。

1961年からは東京芸術大学で教鞭をとるようになります。彼が日展で入選したのは、34歳になってから。
しかしその後の躍進は目覚ましく、特に「野牛とニンフ」は有名になりました。

なお、この蓮田修吾郎氏は非常にドイツびいきの人であり、1982年にはドイツから賞を受けています。日本でも、1987年には文化功労者として、1991年には文化勲章の授与者として評価されます。

残念ながら、2010年に84歳の人生を終えました。

今回取り上げたのは、そんな彼に作られて、東京都目黒区のお客様からお買い上げさせていただいた」蓮田修吾郎作 斑朱銅仕上げ鋳銅オブジェ」です。

目黒区彫刻銅器