久保田米僊・一休和尚筆の掛軸など6本

東京都世田谷区成城で、久保田米僊・一休和尚筆の掛軸など6本まとめてお買い取りしました。

京都に生まれた「久保田米僊(くぼたべいせん)」。彼は、長じて日本画家として活躍することになる人物です。幼名は「米吉」といい、1852年に生を受けました。

鈴木百年(すずきひゃくねん。京都に生まれて、日本画家として活躍する。同じく、日本画家となる鈴木松年の父。多くの門下生を育てた)の門に入り、その技術を学びます。

私たちが「日本画家」と聞いてイメージするような「高潔で、商売っ気がない人物」ではなく、彼は初めは新聞の挿絵画家として活躍しました。また、従軍記者としても活躍します。その画風は、新しい世界をひらいたとも言われています。

しかし、彼の画家生活は決して平たんなものではありませんでした。なんと、画家としては致命的なことに、目の病気を患ってしまうのです。失明までいたった彼の心中はいかばかりであったことでしょう。
ただ、彼は目の光を失った後でも、心の光は失わず、55歳でなくなるまで、狂歌などの分野で活躍します。

今回、東京都世田谷区成城で買取らせていただいた「久保田米僊・一休和尚筆の掛軸」は、そんな久保田米僊らの筆による掛け軸です。

世田谷区掛軸仏画