江戸時代の雛人形

東京都江東区のお客様から、江戸時代の雛人形を買取りました。

雛人形のルーツは平安時代の“ひいな遊び”というままごとやお人形遊びです。そこから始まって、江戸時代になって庶民にも普及していきました。
江戸の町の経済力が上がるにつれて、次第に雛人形の大きさや豪華さも目立つようになり、江戸時代中期には段飾りをする裕福な商人などもあらわれました。
裕福な人々が、あまりにも雛人形の豪華さを競うようになったため、亨保(きょうほ)6年には幕府が奢侈禁止令(しゃしきんしれい)を出したほどです。その結果、派手すぎる雛人形を作ることはできなくなり、販売も自粛されました。

それほど加熱した江戸時代の雛人形にはいくつか種類があります。主なものは寛永雛(かんえいびな)・亨保雛(きょうほびな)・次郎左衛門雛(じろうざえもんびな)・古今雛(こきんびな)・有職雛(ゆうそくびな)です。

江戸時代に人気があった古今雛は江戸中期に上野にあった雛問屋の大槌屋(おおづちや)が作ったのが始まりです。それまでの京都製の雛人形と違って、きりりとした江戸美人の人形は一気に人気が高まり、やがて江戸から京都や大阪にも広まっていきました。
こちらのお雛様も、金銀の糸で刺繍をした衣装や頭につけている釵子(さいし)など、とても豪華な作りが特徴です。古い雛人形にはコレクターも多いため、買取させていただきました。

江東区人形雛人形