浦上玉堂

浦上玉堂:藩士から文化人へ、第二の人生を謳歌した文人画家

浦上玉堂(うらかみ ぎょくどう 1745-1820年)は、江戸時代の文人画家です。

玉堂という号は、35歳の時に「玉堂清韻」と銘打たれた中国伝来の七絃琴を得て、「玉堂琴士(ぎょくどうきんし)」と名乗るようになったことに由来しています。

ちなみに、作家の吉川英治は玉堂をテーマの人生を取り上げた「玉堂琴士」という短編をあらわしています。
玉堂は播磨・備前戦国大名の末裔として、現在の岡山藩の支藩である鴨方藩(岡山県浅口市)に生まれました。

支藩とは、本家から分かれた者が当主となった藩のことをいいます。
大目付など重要な役を任ぜられ、比較的身分の高い藩士であったものの若い頃から学問や詩文、七絃琴、書画に没頭していたため、周囲からはあまり評判がよくなかったようです。

妻に先立たれた後、50歳の時に文化人として生きることを決意し、二人の子を連れて脱藩。
諸国を放浪したのち、京都に落ち着いて文人画家として第二の人生をスタートさせました。
ダイナミックな構図と繊細な筆使いが特徴です。藩士だった若い頃に描かれた作品はわずかであり、60〜70歳頃からの作品に名作が多いことで知られています。

代表作である国宝「凍雲篩雪図(とううんしせつず)」は川端康成が所蔵していた作品としても有名で、現在は公益財団法人である川端康成記念会が管理しています。

また「山中結廬図(さんちゅうけつろず)」、「山月図」、「五言絶句」といった重要文化財の多くが博物館や美術館に所蔵されています。

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