渡辺崋山

渡辺崋山:幼い頃から絵の才能で家計を助けた苦労人画家

渡辺崋山(わたなべ かざん 1793-1841年)は江戸時代後期の武士、画家です。

号を崋山と改めたのは35歳頃で、それ以前は華山と称していました。ほかにも全楽堂、寓画堂といった号を作品に用いていたことがあります。

崋山は、江戸詰の田原藩士を父にもち、江戸麹町(東京都千代田区)で生まれました。
田原藩の財政難と父の病から、弟妹は次々に奉公に出され、食べるものにも事欠くような少年時代を送っていたと記録されています。もともと得意としていた絵を学び、描き出したのも家計を助けるためでした。

8歳の頃から藩士として取り立てられ、20代半ばで画家としても名声を得ていた崋山ですが、藩主の早逝、異母弟を次期藩主とさせる擁立運動の失敗などその人生は順風満帆とはいえませんでした。

蘭学を学び、稲作の改良などをおこなって藩の財政を立て直しますが、幕府の鎖国政策に異を唱えたために危険人物と見なされて蟄居(謹慎)を命じられ、藩に迷惑がかかるのを恐れて切腹しました。
これは幕府による言論弾圧、いわゆる蛮社の獄として知られる出来事です。

生活のために技術をみがいた絵画は、洋画の影響を思わせる写実的で陰影を巧みにつけた作風が特徴です。

当時から肖像画家として人気が高く「鷹見泉石像」は国宝に、「佐藤一斎像」は重要文化財にそれぞれ指定されています。

また、文人としても評価が高く「全楽堂日録」、「日光紀行」は随筆紀行文として当時の風俗を知ることができる貴重な資料となっています。

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