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高村光雲について

木彫の世界に写実性を持ち込んだ大家

高村光雲(たかむらこううん)は幕末から昭和の初めまで活躍した彫刻家です。12歳で仏師の高村東雲の弟子になり、伝統的な木彫りの技法を学びました。幼いころから学んだ伝統技術をベースにして西洋絵画の影響を受けて木彫りに写実性を持ち込みました。1877年(明治10年)の内国勧業博覧会で最高賞を受賞し、1886年(明治19年)に東京彫工会を設立、ついで1889年(明治22年)からは東京美術学校(東京芸術大学美術学部の前身)の彫刻科で後進の指導に当たりました。1890年に帝室技芸員に任命され、以後も途切れることなく制作をつづけました。当時の彫刻界は、明治維新以降廃仏毀釈などで仏像の需要がへって衰えがちだったのですが、高村光雲の活躍により、復興と近代化が実現したのです。ちなみに高村光雲の息子の一人が彫刻家・詩人の高村光太郎で、ちょうど父の光雲が東京美術学校の教授に就任したころに彫刻科に入学、父の存在に押されて悩み苦しむようになります。それほど圧倒的な存在感のあった高村光雲の代表作が「老猿」です。岩の上に座った猿を綿密な観察をもとに彫りだして、鋭い眼光で一点を見つめる様子から緊迫した空気まで作り出しました。
高村光雲の作品は高い技術力と写実性がバランスをとっており、見る人の目をひきつけてやみません。長寿を保った高村光雲の作品は数多く残されていますが、骨董市場での需要が非常に高く、評価が決して下がらない作家です。

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