狩野山雪の買取

狩野山雪:日本初の画家列伝をあらわした狩野派絵師

狩野山雪(かのう さんせつ 1590-1651年)は、蛇足軒、桃源子、松柏山人などの号を用いて活躍した狩野派の絵師です。
京狩野の狩野山楽(さんらく)の娘と結婚し、婿養子として後継者になりました。息子は同じく狩野派の絵師となった狩野永納(えいのう)です。
九州に生まれ、大阪に移り住んだ山雪は10代で両親と死別し、その絵の才能を知っていたおじの口添えによって山楽に弟子入りします。

弟子入りしてからの山雪の成長は著しく、また山楽の実子である光教が早くに亡くなったこともあり、名実ともに山楽の後継者として活動しました。
山雪を名乗りだしたのは、婿養子となって以降、遅くとも30代半ばくらいと考えられています。

孤独を好む傾向にあり、蔵書家としても知られていました。作品は、幾何学的な垂直、水平の装飾と伝統的な画題の再解釈が特徴で、とても独自性の高い奇矯の狩野派絵師という評価をされています。
なお、山雪の遺した草稿を息子である永納が完成させた「本朝画史」は、日本で最初の画家列伝といわれている書物です。5巻からなっており、第1巻では掛け軸や絵画の画題や画式について、2巻以降では画人を紹介しています。

代表作は、重要文化財に指定されている「天球院襖絵」や「蘭亭曲水図屏風」、「寒山拾得図」などで、作品は国内だけでなく米国のメトロポリタン美術館、ミネアポリス美術館、アイルランドのチェスター・ビーティ図書館などに所蔵されています。

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