大隈重信の買取

大隈重信:早稲田大学を創設し、最高齢での総理大臣再就任を果たした政治家

大隈重信(おおくま しげのぶ 1838-1922年)は、佐賀藩士であり政治家です。

また、早稲田大学を創設した教育者という一面ももっています。慶應義塾大学創設者である福沢諭吉とは、当時犬猿の仲と報じられていましたが、実際は、早稲田大学創設を諭吉が後押ししたのではないかとみられています。

幼い頃、当時の佐賀の慣例であった儒学教育を受けますが、その教えに反発し国学や蘭学を学びます。
幕末には尊王派として活動し、佐賀藩校英学塾「致遠館」で英語を学びました。この時にアメリカ独立宣言に接して、大きな衝撃を受けたといわれています。

維新後の明治政府では、富岡製糸場を設立するなど、産業によって日本を強化するという殖産興業政策を推進しました。

重信の下には伊藤博文、井上馨といった当時の若手官僚が集まっており、私邸は「築地梁山泊」と呼ばれていたと伝えられています。しかし、大久保利通没後の憲法制定論議で彼らとは決裂、「明治十四年の政変」によっていったん下野します。

政界復帰ののち、総理大臣に2度就任しましたが、1度目から2度目のブランクは16年ありました。また、2度目に退任した時の年齢は78歳6ヶ月で、この数字は両方とも歴代の最長、最高齢の記録です。

ちなみに、日本が太陽暦から世界共通のグレゴリオ暦を使うようになったのは、重信の改革によるものです。
あまり達筆でないために口述筆記が常だったといわれる重信ですが、掛け軸などになった文字は残っており、貴重であるがゆえ高い価値があります。

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