副島種臣の掛軸買取

副島種臣の掛軸買取相場

副島種臣の掛軸買取価格

*掲載価格は実際の買取価格を保証するものではありません。
品物の状態や市場相場により価格が変動いたしますので予めご了承ください。

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副島種臣について

書家、政治家として名高い佐賀の七賢人

副島種臣(そえじま たねおみ 1828-1905年)は、武士で政治家であり、書家です。幕末から明治にかけて活躍した佐賀県出身の藩士「佐賀の七賢人」の一人として知られています。ちなみに七賢人のほかの六人は、第10代肥前国佐賀藩主である鍋島直正(なべしま なおまさ)、初代文部卿の大木喬任(おおき たかとう)、北海道開拓の父と呼ばれる島義勇(しま よしたけ)、初代法務大臣の江藤新平(えとう しんぺい)、日本赤十字事業の創立者である佐野常民(さの つねたみ)、早稲田大学の創設者としても知られる大隈重信(おおくま しげのぶ)です。国学者としても知られる佐賀藩士を父にもち生まれた種臣は、幼い頃から尊皇攘夷思想にふれて育ちました。兄とともに漢学、国学を学んで育ち、成長すると長崎に設けられた藩営の洋学校である「致遠館」で英語を学んでいます。明治維新後は副総理兼内務大臣、枢密院副議長、外務卿を歴任。外交官として諸外国との交渉にあたり、政治家としての手腕は国際的にも高く評価されています。ロシア帝国からは、神聖アンナ第一等勲章を授与されました。
書家としての創作性も高く、「空海以来の書聖」と称えられたことも。蒼海(そうかい)、一々学人(いちいちがくじん)などの号を用いています。あらわした掛け軸の中には、ユニークな作品もあります。佐賀県立美術館が所蔵している「帰雲飛雨」という作品は、漢字が渦巻きのような意匠で現代アートのような独特の味わいをもっています。