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与謝野晶子について

女性の官能を解放し、女性教育の必要性を説いた歌人

与謝野晶子(よさの あきこ 1878-1942年)は日本のロマン主義を代表する歌人、作家です。短歌をあらわした掛軸なども残されています。
堺県和泉国第一大区(現大阪府堺市)にある老舗和菓子屋の三女として生まれた晶子は、琴や三味線を習うほか、漢学塾で学び、育ちました。のちに電気工学者となる実兄の鳳鷲太郎の影響により、尾崎紅葉や幸田露伴の小説にも親しんでいます。

和歌を雑誌に投稿するようになったのは20歳頃で、実家の和菓子屋の店番として働きながら歌会や文学会に参加しています。この歌会で出会った歌人の与謝野鉄幹と不倫関係を結び、のちに結婚しました。鉄幹の間には12人の子どもがおり、そのうちのひとりは外交官になっています。

雑誌「明星」に「君死にたまふことなかれ」を発表して一躍脚光を浴び、日本初の女性文芸誌「青鞜」に寄稿するなど、順調に活躍の場を広げていきます。鉄幹がパリへ赴いた際は追いかけるかたちで渡欧し諸国を周遊、帰国後は女性教育の成立に一層尽力し、文化学院の創設メンバーとして名を連ねました。

それまで隠すのが当たり前とされてきた女性の情愛や奔放な感情を率直に表現し、鉄幹の詩が売れない時は家計の担い手としてさまざまな仕事を請け負いました。「源氏物語」の現代語訳「新新源氏」をあらわしたこともよく知られています。
詠んだ歌にちなんで、「やは肌の晶子」と称され、生涯に詠んだ歌は5万首にもおよぶといわれています。

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