仏像の種類(如来・菩薩・明王・天)の見分け方を詳しく解説

仏像

「仏像」は、仏教における崇拝の対象であるとともに、美術品としても貴重な日本の文化財です。

京都や奈良のお寺に行くとたくさんの美しい仏像を拝観できますが、あまりにも種類が多すぎて初心者は混乱しやすいでしょう。
「如来」「菩薩」「明王」「神将」など、どれがどの仏さまかわからない…などでお困りの方のために、知っておくといい「仏像の種類」をご説明します。

仏教では、仏さまそれぞれに役割があり、また同じ仏さまでも「釈迦如来(しゃかにょらい)」「阿弥陀如来(あみだにょらい)」など、細分化されていてわかりにくいのです。

しかしそれぞれの仏さまは、特徴的な「姿」「持ち物」で区別がつくので、ちょっとした知識を持っておくと、仏像鑑賞がより楽しくなるでしょう。

仏像とは

釈迦の姿・多数の仏の姿を像にしたもの

「仏像」は、仏教で信仰される「仏」の姿をうつした彫刻のことです。
最初の仏像が作られたのは、釈迦が亡くなってから500年もあとのこと。それまでは、釈迦の足をイメージした「仏足石(ぶっそくせき)」や釈迦が誕生した時に咲いたという「蓮の花」などが崇拝の対象になっていました。

やがて紀元1世紀頃に、インドのガンダーラとマトゥラーという場所で、人間の姿をした仏像が作られ始めます。これが仏像の始まりです。
最初の仏像は、「仏」としての釈迦の姿をイメージして作ったもので、「三十二相、八十種好(さんじゅうにそう はちじゅうしゅごう)」という特徴をもつ、一種の理想像です。

具体的には、仏像の中に「32種類の大きな特徴と80の細かい特徴」が再現されているもの。
たとえば釈迦の姿をうつした仏像の「如来(にょらい)」は、「足下安平立相 (そくげあんぺいりっそう) 」という平らで安定した足裏を持っており、さらに「手足柔軟相(しゅそくにゅうなんそう)」といって、手足は柔らかく赤色で手のひらはふっくらした形をしています。

このように、仏像は種類によって「基本の形」が決まっているのです。

仏像の基本形である「三十二相、八十種好」は、その後、仏像の種類がどんどん増えるうちに、さまざまなバリエーションが追加され、多種多様な仏が生まれました。

現在では「観音」「菩薩」「明王」など、さまざまな種類・形式・外見の仏像が作られており、ゆたかな仏教芸術のひとつとして発展し続けているのです。

仏像の種類は、基本的に4種類

現在、日本でよく見かける仏像は、基本的に次の4種類に分けられます。

  • 如来(にょらい)
  • 菩薩(ぼさつ)
  • 明王(みょうおう)
  • 天(てん)

実は、一口に「仏」といってもそれぞれに決まった役割があり、序列があります。

もっとも序列が高いのは「如来」で、これは「真理を悟った人」である仏教の開祖・釈迦の姿をかたどったものです。
悟りをひらいた後の姿ですから、如来は仏像の中で位が高いとされます。

反対に、もっとも序列が低い「天」は、仏教を守護する役割を持つ仏です。
もとは古代インドの神々だったものが、仏教に取り入れられていくうちに仏教・仏を守る「護法」の役割を持つようになりました。仏を守る役割のため、序列としては下におかれています。

「天」に属する仏は非常に種類が多く、造形も多様なため、美術品・彫刻作品としてみるのが楽しい仏像が多いのも特徴。
このように、仏像の世界は「悟った人」釈迦(如来)をトップにして、下に広がっている世界でもあるのです。

また「仏像の基本4種類」に含まれないものとして、聖徳太子や仏教の高僧の姿をうつした彫刻もあります。
こういった像は崇拝の対象となっているので「仏像」として扱われますが、仏でなく人間の彫刻像であるため、仏像の4種類には含まれません。別ジャンルの像として崇拝されています。

それでは、仏像の基本的なことを知ったうえで細かい仏像の種類を見ていきましょう。

仏としての序列ごと、種類ごとに外見や持ち物の違いがあり、それぞれに「なぜその姿なのか」「なぜそれを持っているのか」という理由もあります。小さな知識ですが、知っておくと仏像を見るうえでの理解がより深まるでしょう。

仏像の種類:基本の4種類+そのほかの1種類

主な「如来」仏像の4種類

「如来」には、おもに次の四つの種類があります。

  • 釈迦如来(しゃかにょらい)
  • 阿弥陀如来(あみだにょらい)
  • 薬師如来(やくしにょらい)
  • 大日如来(だいにちにょらい)

「如来」とは、真理を得て、悟りを開いた存在の仏像のこと。

「如」=真理の世界、「来」=来たひとという意味で、「真実界から来た人」=如来です。
仏教のなかでは最高の境地に至った存在として、もっとも高い位にあります。

「如来」の役割は、人々を苦痛や業(ごう)から救い、解き放つこと。
病を治す・亡くなった時に極楽浄土への縁を結ぶなど、人間が生まれてから死ぬまでの一生にかかわる仏です。

釈迦如来

「釈迦如来(しゃかにょらい)」は、仏教の開祖・釈迦の姿をかたどった仏像です。

釈迦は実存した人物ですが「釈迦如来」は悟りを開いたあとの理想形。そのため外観にはいくつか特徴があります。
髪は「螺髪(らほつ)」といい、丸い粒が均等に並んで渦巻きのようになっています。頭頂部が盛り上がった「肉髻(にくけい)」という、仏としての深い知恵を表現する形です。

両手は「印」を作り、右手は「施無畏印(せむいいん)」といい人々の恐れを取り除くもの、左手は「与願印(よがんいん)」といい、人々の願いを聞き入れる印を作っています。

また釈迦如来の着ている衣に装飾がない点も、他の仏像との大きな相違点。釈迦如来は「悟りを開いた後」の姿のため飾りは不要とされているからです。

お寺などに安置されている釈迦如来には、両脇に「脇侍仏」として「文殊菩薩(もんじゅぼさつ)」「普賢菩薩(ふげんぼさつ)」が従っていることがあります。

いわゆる「釈迦三尊(しゃかさんぞん)」の形式で、その場合も釈迦如来はシンプルな衣をまとい、両脇の菩薩は胸飾りや頭飾りをつけているので見分けがつきやすいでしょう。

阿弥陀如来

「阿弥陀如来(あみだにょらい)」は、修業の末に悟りを得て「如来」になった姿の仏像です。

阿弥陀が修行のために立てた48個の大願のなかに、「念仏を唱えると極楽浄土に行ける」というものがあり、これを信じる人々が「阿弥陀信仰」を奉じたことで盛んに信仰されるようになりました。

阿弥陀如来は「西方極楽浄土」の主であり、「無量寿如来」「無量光如来」とも呼ばれます。

外観は「釈迦如来」と同じく螺髪・両手の印・シンプルな衣をまとい、「阿弥陀三尊」の場合、「勢至菩薩(せいしぼさつ)」「観音菩薩(かんのんぼさつ)」が脇侍仏です。
人生で一度でも念仏を唱えたことがある人が亡くなる時には、阿弥陀三尊が迎えにやってきます。

「勢至菩薩」が極楽往生を願う気持ちをおこさせ、「観音菩薩」が蓮の花をかたどった「蓮台(れんだい)」に人々を乗せて阿弥陀如来とともに極楽に連れていく、という役割です。

薬師如来

「薬師如来(やくしにょらい)」は、修行を経て、人々を病から救うことができるようになった仏です。

「東方瑠璃光浄土」の主であり、「医者の長」とも呼ばれます。
外観は螺髪・両手の印・シンプルな衣と、如来に共通のものですが、薬師如来のみは、手に「薬壺(やっこ)」という小さな壺を持っています。

このなかに万病に効果のある霊薬が入っているとされてきました。「如来」という名のつく仏像で、手に壺を持っていたら「薬師如来」と思って間違いありません。ただし、奈良時代以前の薬師如来は薬壺を持っていないものもあるので、釈迦如来と区別がつきにくいです。

日本では古くから病気平癒を願って、多数の薬師如来像が作られました。とくに眼病に霊験があるとされ、熱心な信者の多い仏です。

大日如来

「大日如来(だいにちにょらい)」は、仏教界にある「金剛界」と「胎蔵界」の中心となる仏のこと。
宇宙の真理をあらわす仏で「、密教(みっきょう)」というインド発祥と伝わる仏教のなかでは最高位にある絶対的な存在です。

「如来」としては比較的華やかな外見をしており、身体には「宝冠」「瓔珞(ようらく・首や胸の飾り)」「臂釧(ひせん・二の腕の飾り)「腕釧(わんせん・手首の飾り)などを身につけているため、「釈迦如来」「阿弥陀如来」との違いがわかりやすい仏像です。

「如来」と名がついていても、飾りが多くて頭に宝冠がついていれば、大日如来の仏像である可能性が高いでしょう。

主な「菩薩」仏像の4種類

「菩薩(ぼさつ)」には多数の種類があり、たとえば「観音(かんのん)」は菩薩の種類のひとつです。ここではよく見かける四つの「菩薩」についてご説明しましょう。

  • 聖観音(しょうかんのん)
  • 十一面観音(じゅういちめんかんのん)
  • 弥勒菩薩
  • 地蔵菩薩(じぞうぼさつ)

「菩薩」とは、「悟りを求めるもの」という意味です。最終的に「如来」になることを目標にして、修行を積んでいる途中の「修行者」のこと。仏でありながら、修行中の身なのです。

「菩薩」は仏教界の序列において如来のすぐ下の位にあり、如来の意志に従ってさまざまな姿に変わります。そのため女性のような姿をしていたり、頭上に顔がたくさんあったり、手が千本あったり、と多様な外観をもつのが大きな特徴。

あらゆる方法で人々を救済するために存在し、単体でも崇拝されますが、「釈迦三尊」「阿弥陀三尊」のように、如来像の左右に脇侍仏(わきじぶつ)として配置されることもあります。

聖観音

「聖観音(しょうかんのん)」は、すべての観音の基本となる仏像です。

広く信仰されている仏で「観音菩薩(かんのんぼさつ)」「観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)」とも呼ばれます。人々の苦しみの声を聴いて救ってくれる仏で、あらゆる人々を救済対象としているため、広く信仰される仏です。

外観としては、華やかな装飾品をふんだんにつけている点が大きな特徴。
「菩薩」は修行中の釈迦の姿をモデルとしていると言われ、もともとインドの王子だった釈迦が悟りを開く前の姿なので、衣装・装身具が多いのです。

そのため「聖観音」も、宝石を使った「宝冠」や上半身に巻き付けている細長い布「条帛(じょうはく)」、腰に巻き付けるスカートのような「裙(くん)」、肩にかけるショールのような「天衣(てんね)」をまとった姿になります。

十一面観音

「十一面観音(じゅういちめんかんのん)」は、頭上に十一の顔を持っている仏像です。

「変化観音(へんげかんのん)」と呼ばれる、さまざまな外見を持つ菩薩のなかでも、最も早い時期に形が成立したと言われている仏さま。

頭上の顔はそれぞれ違う方向をむき、世界中をまんべんなく見つめて人間の苦悩をあまさずに救済する、という意味から十一の面があります。

それぞれの面には意味があり、慈悲をあらわす「菩薩面(ぼさつめん)」や怒りをあらわす「忿怒面(ふんぬめん)」など、感情豊かに表現される仏像。

なお、十一面の一番うしろにある面は「大笑面(だいしょうめん)」といい、人間の愚かさを笑っている顔です。顔いっぱいで笑っているという珍しいもので、通常の正面から拝観する場合は見ることができませんから、機会があればぜひ後ろへまわってみましょう。

弥勒菩薩

「弥勒菩薩(みろくぼさつ)」は、仏の世界「兜率天(とそつてん)」で修業中の仏です。釈迦が亡くなったあと、56億7000万年後に人間界にあらわれて、人々を救済すると言われている重要な菩薩。いわば、釈迦の後継者的な存在の仏です。

ただし、現在の弥勒菩薩は如来をめざして修行中であるため、「物思いにふける姿」で表現されます。坐像で、頬に手を当てて考えている姿の像が一般的です。

その静謐な姿・表情から人気の高い仏像で、日本では京都の太秦にある広隆寺(こうりゅうじ)の「弥勒半跏思惟像(みろくはんかしゆいぞう)」が「日本一うつくしい仏像」として有名。国内外からの人気が高い仏像です。

また奈良の中宮寺(ちゅうぐうじ)の「菩薩半跏像(如意輪観音像)」は、微笑をたたえたおだやかな表情で、飛鳥時代の「アルカイックスマイル」の仏像として広く知られています。

地蔵菩薩

「地蔵菩薩(じぞうぼさつ)」は、釈迦が亡くなってからあと、弥勒菩薩が悟りを開いて人間を救いにやってくる56億7千万年後までのあいだ、人々を救う役目を持つ仏です。

菩薩の一体に数えられますが、インドの王族を象徴する菩薩の豪華な姿をイメージすると違和感のある、素朴な姿が特徴です。

髪は他の菩薩のように高く結い上げる形でなく、修行僧のようなまるい坊主あたま。宝冠や首飾りなどの豪華な装飾品はほとんどなく、代わりに「錫杖(しゃくじょう)」と「宝珠(ほうじゅ)」を持っています。

地蔵菩薩は、路傍に立って子どもを守る仏として身近な仏像ですが、実は弥勒菩薩がやってくるまでの長い間、人間の世界を守り続ける役割を持つ重要な仏なのです。

主な「明王」仏像の3種類

「明王(みょうおう)」も種類の多い仏像ですが、ここではよく知られている次の三つをご紹介しましょう。

  • 不動明王(ふどうみょうおう)
  • 愛染明王(あいぜんみょうおう)
  • 孔雀明王(くじゃくみょうおう)

「明王」は、如来の教えに従わないものを救済するために現れた仏です。

救いがたい人間や生き物を調伏するために、怒りの表情「忿怒相(ふんぬそう)」で仏教の教えを説いています。

インドの宗教「ヒンドゥー教」が仏教に取り入れられて生まれた仏で、密教の中心である「大日如来(だいにちにょらい)」の化身だとされます。厳しく人々を導くために顔や手足の数が多かったり、手には武器や蛇などを手にしていたりするのが特徴です。

不動明王

「不動明王(ふどうみょうおう)」は、明王の中でももっとも威力があり、修行者を守る仏です。

「五大明王」がそろう時には、中央の安置される重要な仏像。
不動明王は、「大日如来」の命を受けて行動し、仏法を守らないものを調伏するためにすさまじい忿怒相で表現され、光背(こうはい)は炎の形を模しています。

基本的にはひとつの顔に2本の手を持つ姿ですが、なかには4本の腕を持つ不動明王像もあり、手には
武具を持っているのが特徴です。

右手には煩悩を断ち切る「宝剣」を、左手に元はインドの武器だったという「羂索(けんじゃく)」を持っており、とくに「羂索」には煩悩を縛り衆生を救うという意味があります。

不動明王が単独で安置される場合は立像が多く、脇侍仏として、「童子(どうじ)」である「矜羯羅(こんがら)」「制咤迦(せいたか)」を従えていることが多いです。

愛染明王

「愛染明王(あいぜんみょうおう)」は、恋愛や縁結びのご利益があるといわれる仏です。

不動明王と同様に怒りをあらわす「忿怒相」ですが、人間の愛欲を浄化して、仏道に向かう心「菩提心(ぼだいしん)」に変えるという役割を持っています。光背は赤い日輪(太陽)をイメージしたもので、「宝瓶」の上に乗った蓮華座に座っている姿が一般的です。

愛染明王は「一面三目六臂」の仏像で、身体は色欲をあらわす赤色、頭に「獅子の冠」を乗せているのが大きな特徴。また6本の手はそれぞれ「持物」を持っていますが、その中に弓と矢が含まれています。

身体の赤色や6本の手、弓と矢など他の明王との違いがはっきりしている仏像です。

孔雀明王

「孔雀明王(くじゃくみょうおう)」は、病気をしりぞけ延命をかなえるという仏です。

かつて、孔雀は毒草や毒蛇を食べても死なない鳥だといわれ、天変地異をおさめて、雨を降らせることができる生き物だとされてきました。

とくに毒蛇は古代インドでは「煩悩」の象徴だったため、煩悩をのぞき、災いをしりぞける仏として崇拝されてきたのです。
孔雀明王の特徴は、孔雀に乗っていること。

また4本の腕それぞれに「吉祥果(きちじょうか)」と呼ばれるザクロや、「蓮華(れんげ)」と呼ばれる蓮のつぼみ、招福をしめす「孔雀の尾」を持っていることがあげられます。

孔雀明王は、明王でありながら表情はおだやかな「菩薩面(ぼさつめん)」。これも他の明王とは大きく違う点で、もともとは、孔雀明王がヒンドゥー教の女神に由来する仏だから菩薩面だという説があります。

主な「天」仏像の3種類

「天」の仏像も、種類が非常に多いため、ここでは有名な3つをご紹介します。

  • 帝釈天(たいしゃくてん)
  • 阿修羅(あしゅら)
  • 弁財天(べんざいてん)

「天」は、仏教に帰依した神々のことで、仏教の信仰をさまたげるものから人々を守る「護法」の役割がある仏です。

自然現象を神格化した「風神」「雷神」なども「天」の仏で、他にも「四天王」や、「七福神」も「天」に含まれます。
「天」はインドの土着の神々をベースとしているため、バリエーションが非常に豊富。個性豊かな仏像が多いのも「天」の特徴です。

帝釈天

「帝釈天(たいしゃくてん)」は、仏教を守る武将としてあらわされる仏です。

「十二天」の一人に数えられ、武術に長けているため甲冑をつけています。
密教では「一面三目二臂」の姿で登場し、手には古代インドの武器である「金剛杵(こんごうしょ)」を持ち、坐像の場合、乗り物は白いゾウです。

四面四臂の「梵天(ぼんてん)」という守護神と一対の仏像になっていることが多く、帝釈天も梵天も古代インドの神が仏教に入ったもの。ともに「如来」に帰依して仏法の守り神になったという経緯があります。

帝釈天と梵天は一対の仏像のため見分けがつきにくいのですが、梵天は甲冑ではなく中国風の衣服を身に着け、ガチョウをかたどった台座の上に乗っているのが特徴です。

阿修羅

「阿修羅(あしゅら)」は、釈迦を守護する仏です。鳥の顔を持つ「迦楼羅(かるら)」や、ツノのある音楽神「緊那羅(きんなら)」とともに「八部衆(はちぶしゅう)」に含まれます。

かつての古代インドでは、「阿修羅」は暑さをまねき大地を干上がらせる太陽神であり、常にインドラとよばれる神と戦う戦闘神でした。
インドラが「帝釈天」となって仏教に帰依した後も、阿修羅は長いあいだ帝釈天とのあいだに戦いを繰り広げ、仏教の妨げになったとされています。

仏像では「三面六臂(さんめんろっぴ)」の姿で、表情は怒りを表現する「忿怒相」。3組の手は、ひとつで合掌し、ひとつで月と太陽を持ち、残るひとつで矢と弓を持っています。

戦闘神でありますが、なぜか甲冑を身に着けていない姿が残っているのも特徴の仏像です。

弁財天

「弁財天(べんざいてん)」は、水の恵みをあらわす仏です。日本では七福神のひとりとして有名ですが、もともとはインドの「サラバティー(聖なる河)」を神格化したもの。富や食べ物、子孫をさずける仏でもあります。

弁財天には「二臂」と「八臂」の2種類の姿がありますが、仏像としては二本の腕を持つ「二臂」が多く、楽器の琵琶をもっていることが多いです。

「八臂」は鎌倉時代以降の仏像に多く見られ、「宝珠」などを手に持ち、頭に「人頭蛇身」の「宇賀神(うがじん)」を乗せているものがあります。

「そのほか」の仏像の2種類

「基本の4種類」の仏像のほかにも、日本には崇拝の対象となっている仏像があります。

神仏習合による「垂迹神(すいじゃくしん)」や、釈迦の高弟などの像などです。
ここでは、有名な2種類の像についてご説明しましょう。

  • 聖徳太子像
  • 祖師像

どちらも実在した人物の彫刻像ですが、仏教の隆盛に尽力したとして、信仰の対象となっているのです。

聖徳太子像

「聖徳太子(しょうとくたいし)」は用明天皇(ようめいてんのう)の第二子で、日本で最初に仏教を理解して積極的に取り入れたひとです。

幼い頃より知恵が深く、仏法を理解したとして「救世観世音菩薩(ぐぜかんぜおんぼさつ)」の化身として信仰されてきました。

仏像としては、幼児の姿である「二歳像」、耳のところで髪をまとめた姿の「七歳像」・「十六歳像」、束帯姿で手に笏(しゃく)を持っている「三十五歳像」などがあります。

祖師像

「祖師像(そしぞう)」とは、仏教の高僧の像です。

インドや中国、日本において仏教の布教に尽力した人物や、仏教の隆盛を支えた高僧の姿をうつしたもので、仏像と一緒に崇拝の対象となりました。

奈良の唐招提寺(とうしょうだいじ)の「鑑真和上像(がんじんわじょうぞう)」や、「空海(弘法大師)」「空也上人」などが祖師像の主なものです。

また、日本では「縁起物」として有名な「達磨大師(だるまだいし)」も祖師像のモデルのひとりです。

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