平櫛田中の買取

平櫛田中:近代と伝統の間に、深い精神性を見出した彫刻家

平櫛田中(ひらくしでんちゅう)は、大正・昭和期に活躍した彫刻家です。

少年期に木彫に興味を覚えて大阪の人形師・中谷省古(なかたにしょうこ)の弟子になりました。木彫の手ほどきを受けたのち25歳で上京、高村光雲に師事しました。

高村光雲は、彫刻界における木彫の衰退に危機感を持っており、西洋のリアリズムの手法を積極的に取り入れていました。平櫛田中も写実性を重視した新しい木彫をめざし、文展に「姉ごころ」を出品して入選。

米原雲海や山崎朝雲らともに結成していた木彫研究団体の日本彫刻会第一回展に「活人箭(かつじんせん)」を出品したところ、岡倉天心の絶賛を浴びました。以後は芸術に対して、岡倉天心の影響を強く受けました。

昭和初期以降は作品への彩色をこころみ、いくたの業績が評価されて1944年(昭和19年)に帝室技芸員に任命。
平櫛田中の作風は、精神性の高さにあります。代表作の「鏡獅子」(国立劇場正面ホールに展示)は像高2メートルの彩色をほどこした大作で、歌舞伎役者の緊張感や芸術性への崇敬の念があらわされています。

どの作品を見ても、人体の構成の正確な把握と高い精神性が融合しており、没後ますます人気が高まっている作家です。

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